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週刊新潮 六月九日号
「石原良純の楽屋の窓」
104回
サクラ咲く? 

せっかくの出演依頼にも二の足を踏んで、お断りし続けていたのが『全国一斉○○テスト』(テレビ朝日系)だ。
 マネージャーが恐れたのは、ウチの親父の存在。
 クイズ番組は、バラエティ番組。珍答、誤答を肴に、ワイワイ盛り上がってこそおもしろい。だが、今だに大嫌いだった簿記の試験の夢にうなされるという旧制中学から国立一期校出身の親父には、クイズと試験の違いは通じない。問題は正解しなければ、人より良い点を取らなければならないと信じている。
 不できな息子の姿をテレビで観せられたなら、「なぜ全国に恥を晒すのか」と事務所に怒鳴り込まれるのを恐れたのだ。
 番組では、生活に密着した常識問題から、なるほどと手を打ってしまう難問まで百点満点を、スタジオのゲストと、事前に解答をした芸能人の計百人で順位を競う。
 小学校から大学までエスカレーター校出身の僕は、成績の順位が発表されたことなどない。入学試験といっても、僕が受けたのは小学校の入学試験だ。
「みかんには○、りんごには×、バナナには△を付けましょう」。なんて問題に取り組んだ遥か昔の記憶があるだけ。
 受験勉強に通った塾の先生には、歌を歌いながら問題を解いて叱られた。だから、試験中に僕が歌を歌うようなことだけは無い。
 そんな僕でも、唯一、人に誇れる受験経験が気象予報士試験。
 気象予報士試験は、気象学の基礎知識をマークシートで試される学科試験と、データーを読み、予報の根拠を記述する実技試験の二部で構成されている。
 学科は、気象予報士のバイブルとも呼ばれている『一般気象学』(東京大学出版会)を読み込めば突破できる。だが実技は、テキストを読むだけでは、なかなか理解できない。そこで僕のような素人は、気象業務支援センターが主宰する受験講座を受講する。
 学校の授業ならば、なるべく先生から遠い席を選ぶのだが、予備校では、講師にすばやく質問できるよう教卓の近くに席をとる。こんな当り前な受験生の流儀を、僕は三十過ぎで始めて知った。
 おじさん、おばさんの受講生を押し退けて、自分の質問点を講師にさっと尋ねたら、さっさと教室を後にする。夜の神田橋界隈のオフィスに人影はなく、真冬の寒さが身にしみる。白い息を吐きながら地下鉄の駅を目指す僕は、「この先、自分はどうなるのだろう」なんて、受験生の悲哀を感じたりもした。
 入試を知らない僕は、試験の基本姿勢がなっていない。試験会場の早稲田大学キャンパスに到着して、始めて時計を持っていないことに気が付いた。地下鉄駅前のコンビニに戻り、小さな目覚まし時計を買った。この時計は、今も僕の枕元で動いている。
 試験会場の階段教室には、老若男女が入り交じる。そんなところが、男女を問わず幅広い年齢層に興味をもたれる気象予報士資格のおもしろさだ。教室いっぱいの同好の士に、試験のライバルといえども、「皆、がんばろう」と僕は秘かにエールを送っていた。
 難問の論述形式の実技は、四十五分間の試験が続けて二コマ行われる。答案用紙が配られたら名前を書いて分かるところから回答欄を埋めていく。試験時間中、手を動かし続けないと回答欄が埋まらないという受験テクニックを、僕の師匠、森田正光予報士から伝授されていた。
 僕が気象予報士試験でサクラが咲いたのは二度目の受験でのこと。
 さて、今週の日曜日の一斉テストでは、僕のサクラ咲くのだろうか。
 お父さんも、楽しみにしていてね。

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