週刊新潮 八月四日号
「石原良純の楽屋の窓
」
112回
帰ってきたラジオ体操
♪新しい朝が来た 希望の朝だ♪
僕がこの歌の題名を“ラジオ体操の歌”と知ったのは、ごく最近のことだ。
朝六時半の公園の空気はすでに生ぬるく、日中の暑さを予感させる。昇ったばかりの朝日に面と向えば、額にじんわり汗が滲む。真夏の日差しは早朝といえども侮れない。深く葉の生い茂る樹木の中で、朝飯の情報でも交換しているのか?カラスがあちらこちらで鳴き声を上げる。
一、二、三、四、と僕は、日差しを避けて木陰に陣取り、カラスにフンを落されぬかと警戒しながら歌に合わせて足踏みを始める。
何十年かぶりのラジオ体操との再会は、長男・良将クンとの朝の散歩からはじまった。
やたらと朝早く目覚める一歳児を外へ連れ出すのが、僕と息子の一日で唯一のスキンシップタイム。
最初は近くの公園で池を見せたり、ブランコに乗せたり、子供ペースで散歩は進んでいた。
しかし、せっかく早起きした貴重な時間をのんびりダラダラ過すだけでいいのか、何かしながら子供と遊べないものか、と考えた。
ならば、乳母車を押して走ればいい。
なにしろウチの乳母車は、出産で太ってしまった女性がシェイプアップするために、アメリカで考案された高速走行対応型なのだ。
いかつく見えるその乳母車は、見た目よりもずっと軽い。押し手も高い位置に付いているので、身を屈めて押さなくてもよい。また、三つある車輪の前輪をクルッと廻して前側に固定すれば、ホイールベースも長くなり、直進性も安全性も向上する。
実際に走ってみれば、なんと軽快なことか。腕を振っては走れぬが、チマチマ乳母車を押す窮屈さは微塵もない。大きなストロークでスタスタ走れる。
それに子供は元来、乗り物好きなもの。良将クンも笑顔でベルトで座席にくくりつけられ、時折、手足をバタつかせて歓声を上げて喜んでいる。
幸いウチの近くには大きな公園があり、一周約二キロのジョギングコースが整備されている。朝の散歩を楽しむ人や犬の間を縫ってスイスイ進む乳母車は、毎朝かなりの好ラップを刻んでいる。
そのジョキングコースのある場所で、大きな音でラジオがかかっていることに気がついた。そこがラジオ体操の会場だった。
♪チャン、チャカ、チャカチャカ……♪
懐かしい音色を聞いた僕は、「こりゃ、良将クンにもやらせてやろう」と時計で時間を確認した。以来、六時半にその場所へ到着するよう、時間を逆算して家を出る。
ラジオ体操の時間は、“ラジオ体操の歌”に始まって、ラジオ体操第一と第二の十分間。
良将クンはまだまだ体操よりも、アリん子を追っかけることに熱心のようだ。そのうち一生懸命に体操するようになるのだろうか。せっかく連れていくのだから、さっさと体操せんかい。
その点、僕は至って真面目。音楽に合わせて大きく手を振り足を振る。
出がけには、今流行りのダイエットに効果があるというアミノ酸・『BCAA』をちゃんと摂取している。脂肪が燃えやすくなって筋肉が発達し、お腹のラインがキュッと引き締まるに違いない。
ラジオ体操と『BCAA』。昔ながらの健康法と最新の健康法を取り入れて、子供とのスキンシップとダイエット。さらに、早起きするために前夜の酒量も当然、減る。
そんな三つの効果があるエクササイズを実践する僕は、賢いと思いませんか?偉いと思いませんか?
自分が賢いと思わないと、眠くてやってられんのです。誰かこんな僕を褒めてくれ。
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