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週刊新潮 三月十五日号
「石原良純の楽屋の窓 」
191回
恐怖の入社試験

僕が入社を希望する『ドリームプレス社』(TBS系金曜夜)は、黒柳徹子さんが社長を務める外資系メディア関係の会社という設定。番組の内容は、ドキュメンタリー、クイズ、料理、歌、旅と多岐にわたる。
 僕の入社試験は、群馬サファリパークで人手不足に悩む獣医さんの一日助手を務めること。
 さすがのサファリパークも、真冬の平日は人影も疎らだ。動物達はサファリの風ならぬ、上州名物空っ風に吹き晒され身を固く縮めて佇んでいる。それでも園内の約百種千頭の動物の健康管理を一手に引き受ける獣医さんに休む暇はない。
 サファリパークの動物病院は、管理事務所裏の小さなプレハブ小屋だった。
 まず手始めは、ハリネズミの健康診断。ウニみたいに丸まったハリネズミを掌に載せて転がせば、揺篭の赤ちゃんのようにリラックスして、棘の間から頭や手足を現わすという。が、コロコロ、コロコロ、僕がいくら転がしても手も足も出さなかった。
 普段は来場者と記念写真を撮っているオランウータンの赤ちゃんも、僕には懐きやしない。いくら腕を引っ張っても僕の胸に飛び込んでくることはなかった。
 白衣姿の僕を見たリスザルは、初めから興奮状態。首根っこを押えつけ肛門の色で健康状態をチェックしようとした途端、フンを噴出。僕の白衣の袖は、うぐいす色の水玉模様になってしまった。
 ビッグホーンの削蹄ともなれば命懸けだ。ロッキー山脈の岩場を駆け上がる奴らの跳躍力は、二メートルのフェンスをも簡単に跳び越える。そんな俊敏な羊の角を素手でふん捕まえ爪 を切ることなど、僕に出来ようはずもない。スッピョン、スッピョン跳ねる羊から僕が逃げ回るうちに無為に時が過ぎていった。
 ライオンの予防接種は、狭い鉄檻の中で可動式の鉄柵を動かしてライオンを両側から柵で挟み、身動きできなくなったところで注射を打つ。サファリパークのライオンは動物園と違って、野性を失わぬように飼育されているのだという。万が一、檻が開いてライオンが出て来たら、走って逃げてはダメ。檻の上によじ登った方が助かる確率は高いとアドバイスを頂いても、僕にはその知識が役立つとは思えない。
 かわいい動物達と肌触れ合い、獰猛な動物達を間近に眺める。サファリパークを一日で百年分楽しんでしまったような体験も、僕にとっては難行苦行。VTRは悪態をついたり、ぼやいてみたり苦渋に満ちた僕の表情をしっかり捉えていた。
 そんな僕を評して、テレビ番組の中で”動物嫌い”だと指差す輩がいる。
 違うんだって。動物をかわいがったら、最後まで面倒をみてやらなければ動物がかわいそうだ。人間の都合で、時には抱きしめられ、時には突き放されていたのでは、動物だって立つ瀬がない。最後まで面倒をみきれない僕は、動物とはなるべく係わらないようにしているだけだ。
 だいいち、”動物嫌い”なんてレッテルを貼られたら僕の好感度に影響するではないか。共演者の皆さまには、くれぐれも不適当な発言は控えていただきたい。
「動物は人間をみるの。私は目の合った動物に吠えられたことないわ」
 サファリパークでの僕の腑甲斐無い仕事っぷりに、黒柳社長はサラリと言って退けた。
 ちょっと待ってくださいよ。僕は本当に、”動物嫌い”ではないのです。
 そんな僕の真意を社長は汲み取ってくださって、入社試験の結果は仮採用。大竹まこと部長の下、同じアルバイトの身の安住紳一郎アナウンサーと共に番組の新企画に乗り出していくことになった。
 でも、もう動物ものは、いいかな。

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