週刊新潮 三月二十二日号
「石原良純の楽屋の窓
」
192回
”カボチャ野郎”
小学生の僕の渾名は”残し男”。
昼休みともなれば、僕の前に仁王立ちする担任の桑原先生と、にんじん一片、ピーマン一片を、口にするしないで、毎日バトルを繰り返す。僕には五十分間の昼休みに、フットベースに興じる暇はなかった。
にんじんは、箸で小さく小さく切り刻んで飲み込む。ピーマンは、鼻を摘んで目を瞑って一息に飲み込む。トマトは、机の端に置き、頃合いを見計って肘で床へ突き落とす。そんな給食と僕の六年間の戦いを書いた小学校卒業文集の作文『にんじん、ピーマン、トマト』は、見事に先生から花丸を頂いた。
あれから三十余年、今の僕はにんじんの野菜スティックも食べれば、青椒肉絲も食べる。トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼも大好物だ。「呑んだら食べる。食べるから呑む」が信条の僕は、グラスを傾けるほどに酒の肴がほしくなる。小学生の僕なら口にしないはずの野菜にまで手を伸ばし、未知の味覚との遭遇”オエッと感”を楽しんだ。
その結果として酒の肴にならない物が僕の苦手。その代表が薄っ気味悪い緑と黄色のカボチャだ。口いっぱいに広がる甘みと、ほんの一口でお腹いっぱいになってしまいそうな、もっこり感が許せない。
最近はカボチャのくせにパンプキンだなんて気取った偽名を使いやがる。パンプキンパイだのパンプキンスープだの、僕は絶対に認めない。
正直、僕にはカボチャを食べた記憶がない。二十年前の冬至の晩、居酒屋でベロンベロンに酔った勢いでムチャ食いしたのがカボチャとの唯一の接点だ。
そんな僕に、カボチャとお友達になってもらいましょうというお節介な番組が現れた。『美味紳助』(テレビ朝日系?十七日昼)は、食をテーマにした一風変わったバラエティー番組だ。
そして”お嫌いなもの御座いますか?”のコーナーでは、ゲストの苦手な食材を一流シェフが趣向を凝らして料理し、食わず嫌いを克服させようという企画。今回のテーマが僕のカボチャ。
カボチャを料理するのは、代官山のイタリアン『タツヤ?カワゴエ』の川越達也シェフ。中華『麻布長江』の長坂松夫総料理長。そして和食『青家』の青山有紀シェフの三名。いずれの店も予約の途切れることのない人気の名店だ。
この番組では他にも、”芸能人の店売り上げダービー”のコーナーで、料理自慢の芸能人が、自信のメニュー一品で二日間だけランチ営業する。食材の仕入れはもちろん、店舗の二日分の家賃、アルバイトの人件費などを差し引いて、誰が一番利益を上げるかを、パネラーの僕らが予想する。スタジオでは司会の島田紳助さんが料理の出来映え、原価率の算定、店舗の選び方まで競馬の予想屋さながらに飲食業成功の秘訣を解説してくれる。
”妻メシ自慢!”のコーナーでは、芸能人夫婦が登場し、夫が自慢する妻の料理を紹介、それをパネラーの僕らが採点する。紳助さんを筆頭に容赦ないジャッジを下す。
”口コミグルメ調査隊”のコーナーでは、美味しい店ならぬ、まずいと評判の店を紹介。店主の目の前で料理のまずさを指摘するレポーターの苦渋に満ちた表情が見どころか。
「梅のペペロンチーノ?かぼちゃフリットのせ」「カボチャと海老の四川炒め」「京風シャキシャキかぼちゃ」。僕のためのスペシャル料理が出来上がった。果して、僕はカボチャのホクホク甘さを克服できるだろうか。
一流シェフのスペシャルメニューを否定したら、僕は視聴者のみなさんに味覚音痴を疑われてしまうだろう。小学生時代のように、僕は涙を浮かべてカボチャを飲み込むことになるのだろうか。
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