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週刊新潮 三月二十九日号
「石原良純の楽屋の窓 」
193回
”桜キノコ”

今年ほど桜の開花予想が世間の注目を浴びた年はない。生暖かく薄っ気味の悪かった冬を頭から振払いたくて、誰もが可憐な花が咲き誇る春を心待ちにしているからに違いない。
『気象庁』の桜の開花予想は例年どおり三月の第一水曜日、七日に発表された。
 いつもだったら「この寒いのに、何が桜だ」と、固く蕾を閉ざした桜の枝を眺めるところだが、今年は「もしや」と期待を込めて枝を見上げてしまう。
 それにしても、”静岡”三月十三日開花”の予想を聞いた時には驚いた。
 十三日の朝のテレビは、各局こぞって静岡から生中継した。しかし、寒の戻りの冷たい空気の中で、桜が蕾を開くことはなかった。  
 初桜を見損なったことよりも、平年より二週間以上も早い異常な早咲きがなかったことに安堵したのは、僕だけではあるまい。
 ところが、翌週の第二回開花予想では、前述の十三日開花は、計算データの入力ミスだったと聞かされて、またまた驚いた。
 桜の開花予想でそんなドタバタ劇が起こるのも、暖冬の副産物なのだろうか。
 三年前から開花予想を発表している民間気象会社『ウェザーニューズ』は、ユーザーの要望で当初の予定より一週間早く二月二十一日に第一回の開花予想を発表した。
 同社は、気温の変化などの気象データに加え、”さくらプロジェクト”に参加する全国各地の会員から送られてくる携帯電話で撮った桜の写真で、リアルタイムの蕾の状態と過去三年の画像とを比較して、開花予想に役立てている。
 気象庁の予想と比較して過去三年の実績は、「一勝一敗一分け」と言う同社は、約五千人のサポーターの協力を得て、「今後はさらに精度の高い予想が実現できる」と自信をのぞかせる。
 両者の間に割って入るのが今年から新規参入の『日本気象協会』。過去四十六年のニ月、三月の気温と開花日の相関関係を探り、こちらも精度の高い予想を提供する。
 十五日現在の東京の開花予想では、気象庁が二十三日、ウェザーニューズが十九日、気象協会が二十日。本稿掲載号が発売される頃には、その結果は明らかになっている。
 皆が心待ちにする桜前線の到来の一方で、桜が咲かなくなるかもしれないという危機はあまり知られていない。桜前線の危機を伝えるのが『素敵な宇宙船地球号・さくら前線異状あり!』(テレビ朝日系・二十五日夜)だ。
 ソメイヨシノは江戸時代に二種類の桜を交配し、接ぎ木で増やされたクローン種。その寿命は六十年といわれ、全国の多くの桜がちょうど衰退期に達している。枯れた枝を切除したり、根元に肥料を施すなど樹木の健康管理をする必要がある。
 そしてもう一つ、桜の花を危うくしているのが地球温暖化だ。気温の上昇は桜に様々な影響を与えている。
 僕は桜の幹にはえた巨大キノコを追って、鹿児島県霧島市へ向った。
 太く黒い桜の幹から、怪しく大きな白い傘を広げるのは、”コフキサルノコシカケ”。
 冬の平均気温が高くなった影響で、寒さで死ぬはずの菌が冬の間も繁殖し、桜の木を蝕んでいた。ガンマ線検査機で幹の中を覗いてみると、内部は腐り大きな空洞ができていた。
 百年後、仮に平均気温が四度上昇したとすれば、日本列島は気象的に八百キロ南へ移動した計算になる。果して今と同じように桜は咲いてくれるのか。本州では桜が観られなくなるかもしれない。
 毎年、その可憐な花で僕たちの目を楽しませてくれる桜は、今、身をもって地球の危機を伝えている。   
 お花見で、おいしいお酒が飲めるように、桜を守ろう。地球を守ろう。

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