週刊新潮 九月八日号
「石原良純の楽屋の窓
」
117回
瀬戸の花嫁だ
ドラマ『刑事部屋』(テレビ朝日系・水曜夜)の収録が無事終了した。
半年前、監督や脚本家との顔合わせの酒席で酩酊した姿をお披露目してしまい、僕の役どころは強きを助け弱きを挫く中間管理職。すっかりたぬき課長に描かれてしまった。
ところが、三ヵ月間の撮影期間を通じて、僕の謹厳実直な人柄を理解していただけたに違いない。脚本家の誤解がとけて、最後には部下思いのノンキャリの星、立派な刑事部長になることができた。
それにしても、今回のドラマ撮影は、あっという間に終了した。
一話、二話は出演者同士のさぐり合い。三話、四話でそれぞれのキャラクターが決まり、五話、六話でチームワークは熟れてくる。七話、八話で脂がのって、これからドラマがテンポよく盛り上がる九話で最終回となってしまった。
しかし、済んでしまったことに思いを残さずネクストワンに向かうのが“撤収のよっちゃん”こと、僕のポリシーだ。最終日にセットの前でみんな揃って記念写真を撮り、打ち上げパーティーに繰り出して乾杯すれば後に後悔は残さない。
とはいえ、二次会のカラオケはいかがなものか。歌に自信があれば、いくらでも歌ってやるところだが、僕は、曲を決めろ、と歌詞本が各テーブルを廻り始めると、照明のあたらない部屋の片隅にこっそりと身を隠した。
レギュラー陣の口火を切ったのは、生田斗真君。曲は先輩SMAPの『SHAKE』。やっぱりジャニーズJr.は歌も踊りもうまい。
大塚寧々さんは一青窈で『ハナミズキ』。女優さんがしっとり歌えば皆聞き入ってしまう。
柴田恭兵さんはRCサクセションの『雨上がりの夜空に』。だって恭兵さんはロックシンガーでしょ。うまいに決まっている。テーブルナプキンの紙吹雪に、アイスバケツの氷水が力水となって客席を飛び交った。
♪チャッチャラララー、チャッチャッ♪
耳慣れたそのイントロは『ルビーの指環』。そして、歌うのは誰あろう、寺尾聰さんその人。タバコ片手に聰さんがステージに登場すれば、そこはもう、ライブ会場となった。
「あれっ、歌詞忘れちまったよ」
聰さんがカラオケモニターを自分の方に近付けた。そんなはずないでしょうが。自分で作って自分で歌ったミリオンセラーではないか。
でも、こんな光景を僕はどこかで見た覚えがある。それは二十年近くも前、石原プロの俳優が、石原軍団と呼ばれていた頃のことだ。
軍団総出演の番組の歌コーナーで、裕次郎叔父は『ブランデーグラス』の、渡哲也さんは『くちなしの花』のカンペが見えず歌詞が分からないと、リハーサル途中でいつも歌うのをやめていた。
そのくせ、夜カラオケに行こうものなら、皆さん歌詞本も見ずにバンバン歌う。
舘ひろしさんが三曲。渡哲也さんが二曲。裕次郎叔父が二曲。店中の人が夢心地で聞き入っていると、突然歌の順番は一番年下の僕に戻ってくる。
そこで僕が歌うのは、なぜか小柳ルミ子の『瀬戸の花嫁』と決まっていた。なにしろ当時の僕は、小学校の頃に覚えた、ちあきなおみの『喝采』とこの曲の二曲しか知らなかったのだから仕方がない。
しかしそんな思い出に浸っている場合ではなかった。『ルビーの指環』が大喝采の中で終わると、皆が僕のことを探しはじめた。誰の仕業か陰謀か、そこで突然、『瀬戸の花嫁』のイントロが流れ始めた。
♪瀬戸は日暮れて、夕波、小波……♪
何やっているんだか。刑事部長になっても僕は、両手でマイクを握り小首傾げて歌っていた。
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