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週刊新潮 十月十四日号
「石原良純の楽屋の窓 」
122回
四年に一度の幹事長

四年に一度といえばオリンピック。石原家では、四年に一度といえば親父の誕生会の幹事だ。四人兄弟持ち廻りの幹事の役目が、四年ぶりに僕に廻ってきた。
 昨年の幹事の長男・伸晃が選んだのは、横浜中華街に程近い高層ホテルのスイートルーム。ホテル内にある有名中華料理店の料理を横浜港の夜景を眺めながら親父にゆっくりと楽しんでもらう趣向だった。
「料理が冷める」
 バッサリと夜景を切り裂く親父の一言に、さすがの兄貴もぷんぷん怒っていた。
 一昨年の幹事は、四男・延啓。弟が選んだ小さなフランス料理屋はイスもテーブルも小さくて、周りの客とはつい立てで仕切られただけ。食事中でも大声で激論を交わす石原ファミリーには、いささかまどろっこしいシチュエーション。
「やかましい店だ」
 親父は不満足気に、とっとと帰っていった。
 その前は、三男・宏高。選んだのは当時話題の新丸ビル内のイタリア料理店。
「気取り過ぎだ」
 イタリア料理にしては濃厚な味付けのせいなのか、居並ぶボーイのせいなのか、この店も親父はお気に召さぬ様子であった。
 でも、今年の幹事は気楽なものだ。たとえどんなに気の利かない店を選んだとしても、親父に罵られることはない。なにしろ、先の衆院選で兄貴はもちろん、宏高クンも初当選を果したのだから。
 とはいえ、生真面目な次男の僕は、お父様により楽しんでいただくべく、粉骨砕身努力して店を探した。
 銀座の『ル・シズィエム・サンス』は、かの『トゥールダルジャン』からシェフを迎えたフランス料理の本格派。打ち合わせに何度、電話しても舌を噛んでしまいそうな名前は腹立たしいが、味は確かだ。
 店名を和訳すると“第六感”の意。政治家、芸能人に画家、なにぶん己の勘だよりで暮す石原家の人びとには相応しい。
 ガラス越しにぐるりと三百六十度、店自慢のワインセラーに囲まれた個室にはキッチン台が設えられている。料理は客の目の前で調理されるわけだ。これならば「料理が冷たい」と文句を言われることはあるまい。
「郵政民営化後は……」「小泉後継は……」
 政治家が一人増えると食事中の話題もぐっと政治的になるものだ。僕はふんふん頷きながらも頭の半分は、料理の味とワインのおかわりをいつウェイターに頼むかに費やしていた。
「テレビの出演依頼が今も多くて……」
 宏高クンのこんな相談ならば、政治には門外漢の僕にも答えられる。酒の勢いも手伝って、僕はいつもより大声で早口にアドバイスを差し上げた。すると、
「兄貴に、何が分かるの」
 宏高クンのそんな言葉に僕はムッ! 一瞬ぶん殴ってやろうかと思ったが、そこはそれ、新人議員の気負いというものだ。芸能生活二十三年、今や中堅どころの僕は、笑顔でその場をやり過ごす。
 そこで僕が思い出したのは、中学時代の牛乳の味だ。背の高さで弟に猛追された中肉中背の僕は、毎日、必死で牛乳を飲んだ。それは飲むというより、一リットルパックを丸呑みするというようなものだった。兄弟は一番近いライバル。何ごとにつけても、負けてはならない。宏高クン、これからが、君と僕との勝負だよ。
 さて、何ごともなく無事誕生会は三本締めでお開きとなった。
「なんか、牢屋でメシ食ったみたいだ」
 親父の最後の一言に僕は呆然、昨年の兄貴の気持ちが身に染みた。
 気を取り直して一杯飲みなおそうと街へ出る。そこで僕は、代金を払い忘れていたことに気が付いた。
 ル・シズィエム……さんちぇっ、また舌を噛んだ。すぐにお金を送りますから。

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