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週刊新潮 十月二十八日号
「石原良純の楽屋の窓 」
124回
定期検診な夜

「はい、チーズ」なんて、笑っている場合じゃない。というよりも、僕の顔は強張っている。なにしろ、これから胃カメラを飲み込むのだから。
 もちろん、親・兄弟共々お世話になっている、『フェニックス・クリニック』の先生を信用していないわけではない。
 それでも、麻酔が効いてトイレットペーパーの芯のようになった喉元を、小型カメラがゴツゴツと下りていくあの感覚は、何度体験しても気持ちの良いものではない。
 二十代の自由業の僕は、自分の身は自分で守ろうと、一月を定期検診の月と決めていた。
 ところが、医学部の友人に「レントゲンだけでは検査は不十分。だいいち若者の癌の進行は早いから、年に一度の検査ではあまり意味がない。四十歳になって内視鏡検査をやればいい」と言われ、三十代の僕は、定期検診を休み、四十歳を越えた三年前から再開となった。
 検査結果は聞かなくても大体想像できる。どうせ今年も、コレステロールに、中性脂肪に、尿酸値が引っ掛かる。「運動を心がけましょう」「食事に注意しましょう」と言われるに決まっている。
 だけど僕は、充分に体を動かしている。長男・良将クンを三輪乳母車に乗せ、朝のラジオ体操会場目指して毎朝ジョギング。ロケ先にもジョギングシューズを持参して、見知らぬ街の見知らぬ路地を自分の方向感覚だけを頼りに疾走している。お医者さんは、この上どれだけ運動せよと仰るのか。 
 食事にしても、ロケ弁を「魚か肉か」と問われれば、必ず魚を指名している。尿酸値を上げるのはビールが一番悪いと聞けば、真夏のゴルフでも風呂から出たらまず脱衣場でウォータークーラーの水をがぶ飲みし、冷たい生ビールの誘惑から逃れている。なのに尿酸値は下がりはしない。なぜだ。僕は何を食べればいいのだ。
 静脈注射で麻酔薬を投与されればふんわり体も心も夢見心地。寝っころがった先に見えるモニター画面には、自分の体の中がぼんやりオレンジ色に映っている。あっけないほど簡単に検査は終了した。
 胃カメラの写真片手に先生が説明してくれるには、胃の中はきれいだが、胃と食道の接合部が炎症を起している“逆流性食道炎”だということだ。食事を摂る、すぐに寝る。水平になった体の胃から食道へ胃酸が滲み出て、食道が荒れているのだそうだ。
 たしかに生活習慣に、思い当たるところが多い。夕方から夜にかけての番組収録では、夕食は夕方五時の弁当となってしまう。しかし、いかにもそれでは味気ない。多少夜が遅くても、収録が終わってからキューっと一杯やりながら夕食は楽しみたいものだ。そうでもしなければ、一日の疲れが消えようはずもない。
 最近、一番のお気に入りは、事務所の近くにある『すし三崎丸』。どれでも一貫百円のクルクル寿司もどきの値段でも、その味は決して侮れない。近くの大使館やらの外人さんをはじめ、昼飯、夕飯どきともなれば、店の前には長蛇の列ができている。
 全国各地の冷酒をグイッとやりながら、新鮮なネタを刺身で楽しむ。そして今の季節は、なんといっても“松茸の土瓶蒸し”だ。税込み六百三十円の土瓶蒸しの松茸は、中国産と分かっていても、すだちをギュッと絞れば立派な日本の秋の味覚となる。冷酒、土瓶蒸しを交互に傾ければ、多少賑やかな店の風情も気にならない。カウンターの僕は、すっかり高級割烹気分を満喫している。
 当然、人間ドックを済ませた晩も、僕は検査結果の無事を祈りつつ、冷酒と土瓶蒸しを楽しんだ。
 あ、生ビールも飲んじゃった。


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