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週刊新潮 十一月二十三日号
「石原良純の楽屋の窓 」
128回
ビンボーさん集まる

「お坊っちゃまのお口には合いませんか」
 一枚百円のクレープ型お好み焼に食が進まぬ僕を、共演者が批難する。
 違うんだって、僕は熱いものが苦手なんだって。猫舌なんだって。
「猫舌は、ばあやにフーフーされて育ったお坊っちゃまの証し」と冷やかす。
 違うんだって、男兄弟四人が一皿盛りのおかずだから、料理が冷めていたんだって。
 嫌いな物を食べ残しても兄弟の誰かが食べてくれるから、すっかり偏食児童に。食べず嫌いも、猫舌も、親の教育が悪いのだ。
 ああだ、こうだと賑やかにお好み焼をスタジオで食べたのは『銭形金太郎』(テレビ朝日系・水曜夜)の収録でのこと。
 番組の新コーナー“銭金定食”では、全国各地の廉価で腹いっぱい楽しめるグルメを紹介している。今回は、アンガールズが訪ねた故郷の広島。
 というわけで、お値打ち価格のお好み焼が、スタジオにやって来たのだ。
 しかしこの番組、のんびりグルメを楽しんでいる場合ではない。メインコーナーの“ゼニキンスタジアム”には、己の夢を追い求めるあまり、貧乏暮らしに陥ってしまった現役“ビンボーさん”が数名登場する。その中で、最も壮絶な暮らしと認定された方には、夢を実現するための義援金が授与されるという趣向だ。
 ビンボーさんが住むアパートが風呂なし共同トイレ共同炊事なんていうのは当たり前。床や壁に大穴が開いていたり、階段のない二階部屋だったり、ビンボー さんは普通の人が到底住めないようなスペースに暮らしている。
 小説家志望だかマンガ家志望だか知らないが、ビンボーさんが家に引き籠り系の人物となれば、床や壁には青いカビ赤いカビ黄色いカビ、得体のしれない虫が這いまわる、とてつもなく汚い部屋とも遭遇する。
 ビンボーさん宅を訪ねるレポーター役の皆さんが我慢できないのは、夏の部屋の悪臭だという。ディレクターに指示されて冷蔵庫を開ける時の恐怖は、口では言い表せないと嘆いていた。
 冬のロケの寒さも応える。野外とビンボーさんの部屋の温度は変わらない。隙間風が吹き抜けるのはもちろん、窓にガラスが入ってない、部屋の中に雪が積ってたなんてこともあるそうだ。
 しかし、番組スタッフの一番の悩みは、人が驚くような貧乏暮らしをするビンボーさんが減ったことなのだそうだ。
 たしかに、僕の知り合いの劇団員も、この夏、ユニットバス、クーラー付きのワンルームに移ったと言っていた。夢の実現の合間にバイトに勤しめば、都会ではそれなりの収入は得られるものだ。
 ところが、その焼肉屋アルバイトの劇団員は店を辞めていた。芝居やっている奴は、挨拶がきちっとできたり、時間に遅れなかったりするものだ。働きぶりがいいから店長候補にとオーナーに言われ、店に居にくくなったのだという。
 東京だけでも四千もの劇団があると聞く。劇団員は何万人いることやら。そして彼は、またも夢を目指して“ビンボーさん”の道を選んでがんばるのだ。
 それに比べて、僕の独り暮らしの始まりといえば、「どうせ我が家に暮らしている身分だろ」と何かにつけ宣う親父に対抗するためだった。
「独り暮らしを始めるなら、収入全部を注ぎ込んででもアーバンライフを楽しまねば、家を出る意味がない」と石原家で初めて東京タワーの見える山手線の内側に居を構えたのが十七、八年前のことだ。
 以来、部屋の掃除も、冷蔵庫の点検もして、ビンボーさんに陥らず、僕は自分の夢を追い続けているよ。 
 それに猫舌は直らないけど、偏食は直ったから。

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