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週刊新潮 一月五日、十二日特大号
「石原良純の楽屋の窓 」
133回
あっぁ、楽しかった

 「よく頑張った。あとは、楽しくやりましょう」
 出演者一同が手を重ね、藪木健太郎ディレクターの声に「オウッ!」と応えて本番に臨んだのは、『新春かくし芸大会』(元日夜放送)の収録でのこと。
 西軍、三回戦の演目は、『大奥三味線』。あや姫の松浦亜弥さんを筆頭に、奥女中に扮したフジテレビの千野志麻アナ、政井マヤアナ、中野美奈子アナ、中村仁美アナ、戸部洋子アナが、二ヵ月間たっぷり稽古した三味線の腕を披露する。
 僕はといえば、大奥に三味線を奨励しているバカ殿役。演奏が始まれば扇子を振り廻して踊るだけだが、かえってそんな形での参加は、かくし芸の場合には辛かったりもする。
 年末に向っての忙しい最中、稽古場に全員の顔が揃うわけもなく、時間が作れた人から率先して稽古に励み、腕を磨いてきたのだ。そこへ僕が最後にちょっぴり加わってヘマでもしたら、皆さんの二ヵ月間の苦労が水の泡と消えてしまうではないか。
 東軍チームの演技が行われている本番直前のスタジオ前室では、早くも緊張のあまりウルウル目に涙を浮かべる女子アナもいる。そこで唯一人の男性出演者、将軍様の僕が頼りになるかといえば、着物が着崩れないようにと、やたら背筋に力が入って案山子状態、とても皆を落ち着かせるオーラは感じられない。
 そんな時、皆の救いになったのが、藪木ディレクターの声だった。
 そう、自分が楽しむことが一番大切。演者が楽しくなくて、どうしてテレビを観ている人に楽しんでもらえるものか。
 朝早いドラマ撮影を楽しみ、夜遅いバラエティー収録を楽しみ、天気予報から選挙特番まで楽しんでしまう僕のポリシーと、ディレクターの意見は見事に合致している。
 今から十七、八年前、初めてバラエティー番組でコントに挑戦した時のことを思い出す。
『夢で逢えたら』は、若かりし日のダウンタウンや、ウッチャンナンチャンが出演の人気番組だった。ダウンタウンの松本人志さんが、蛇の呪いをかけられたガララ巡査。ウロコ顔の巡査が巡回する街に暮らすのが、浜ちゃん一家。そんな家族の元へ僕は西部警察ばりの刑事姿でショットガンを持って出かけていった。
 大きなスタジオの片隅に建てられた小さな茶の間のセット。セットに座って本読みの後、リハーサルとランスルー。ここまでは、ドラマの収録と変わらない。ところが、本番直前になると、次々に出演者が僕のところにやって来ては、「アドリブ入ります」とか「少し間を空けてください」とか耳元で囁いていく。約束事はあくまで僕と当人との二人の秘密。他の出演者には明かさない。
 かくして本番。一人ひとりが、やりたい放題、言いたい放題。果ては小さなセットから蹴落とされた野沢直子さんは、スタジオのリノリウムの床に転げてしまった。スタッフは、それを見て本番中にもかかわらず大笑いしていた。
 芝居はリハーサルと本番で同じ動きをするのが良い役者なのだ、と、それまでの僕は教わってきた。本番は、静寂の中、芝居の成りゆきを現場の人間一同が息を殺して見守る。そんな刑事ドラマの撮影現場とは百八十度異なる収録は、僕にとってベルリンの壁が崩壊したような新鮮なものだった。
 さて、いよいよ本番。制作総指揮のプロデューサー氏がやって来て、「もっと太もも出した方がお客さんは喜ぶよ」とアドバイス。
 あれ、上司が女性社員にそんな命令ってセクハラに当るのじゃないかな。アメリカのCBSやABCなら巨額賠償請求になるに違いない。
 いやいや、みなで楽しむことが大切なのです。


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