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週刊新潮 一月十九日号
「石原良純の楽屋の窓 」
134回
初夢は“ァッス”

一、富士。二、鷹。三、茄子。
 今年の初夢は、どんなだったか、と思い出そうとしても、前夜に深酒、ネットリ頭の目覚めでは、何も思い出せやしない。
 ウチの長男・良将クンなら、きっと茄子の夢を見たに違いない。
 二歳を過ぎたのに彼の発する言葉は“アオ”と“ナス”。目に入る青い物を次から次に指差して“アオ”と叫び、茄子を見つけて“ァッス”と短くスタッカートに声を発する。そんな彼の初夢は、やっぱり茄子に決っている。
 初夢よりも何よりも、僕にとって正月休みの楽しみは、誰憚ることなく朝っぱらからグビグビ酒が飲めること。全国津々浦々から一年間に溜め込んだ日本酒の一掃セールとばかりに、ずらり冷蔵庫に並んだ四合瓶の封を切る。
 でも僕は、一日中、飲んだくれているわけではない。“飲んだら走る”が鉄則。休み明けの仕事場で、ぷっくり顔が膨らんで後ろ指差されるのはいかにもくやしい。元日早々から、僕は近くの公園のジョギングコースへと飛び出した。
 酒を含んで重たい体にムチ打って足を前へ運べば、上気した頬を冷たい風が撫でていく。大きく口を開けて肺いっぱいに空気を入れると、血液中に酸素が取り込まれ、その血液は一生懸命に脈打つ心臓によって、冷えた体の末端まで満たされる。新鮮な血液がアルコールを追い払う。額に汗が浮き出るまでの過酷な勝負が繰り広げられるのだ。
 元日の人気の少ないジョギングコース二・一四キロを七周。十五キロマラソンを完走し、僕は一人悦に浸ったりしたものだ。
 もちろん、酒飲んで走るだけが僕の正月休みではない。家族サービスに温泉旅行にもちゃんと出かけた。
 良将クンは、青い電車を見つけては“アオ”と指差し喜ぶが、僕が気になったのは富士山の姿。厳冬の年の瀬というのになぜか、お山は赤茶けた山肌を晒していた。
 昨年の十二月は全国的に極端な低温、日本海側は記録的な大雪に見舞われた。強い冬型の気圧配置が強風をよび、富士の頂に降った雪を吹き飛ばしてしまったのだそうだ。
 冬の富士山は、お風呂屋さんの背景画のようにギザギザに雪の帽子を被っていてもらいたい。真冬の赤富士は、僕には優しくない最近の日本の気候に似つかわしく思えた。
 昨夏の猛暑は、十月にまで及んだ。ようやく秋霖を迎え、雨が上がれば一年で最も爽やかな秋晴れの時節と思いきや、いきなり真冬の寒さまで季節は一気に進んでしまった。
 富士山の危機はそれだけに留まらない。富士山の西側斜面は、大沢崩れの名で知られる大崩落が続いている。また、近年その存在が確認された富士山頂付近の永久凍土が、地球温暖化の影響で融けはじめている。
 そんな富士山の危機を教えてくれたのが『1秒の世界』(TBS系二十日放送)だ。番組では、一秒間に四・二人の人間が生まれ、一秒間に世界中のニワトリが三万三千個の卵を産むなど、一秒間にこだわって様々な出来事を紹介している。
 なかでも僕の目を引いたのは、一秒間に進行する地球環境破壊。気温の上昇、氷河の溶解、森林破壊、二酸化炭素の排出など一秒間のデータが、地球の危うい未来を警告していた。
 大空に聳え立つ富士山の優美な姿が崩れてしまったら“一、富士。二、鷹。三、茄子”もなにもない。
 良将クンも、その先の世代までも、美しい富士山を守らねば。今、僕らが出来ることから手を打たねばならないところに地球の危機は差し迫っているようだ。
 富士山は僕が守っていくから良将クン、来年の初夢は、“ァッス”じゃなくて“富士山”でしょ。

 

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