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週刊新潮 三月十六日号
「石原良純の楽屋の窓 」
142回
クルクル廻る

 荒川静香選手、金メダルおめでとうございます。
 眠たい目を擦りながら一生懸命応援しても、なかなかメダルに手が届かなかった、トリノオリンピック。そんな日本国民のモヤモヤ感も、荒川選手の金メダルで一気に吹っ切れた。
 荒川選手の華麗な演技の数々の技のなかでも、すっかりお茶の間で有名になったのがイナバウアー。
 激しい動きと動きの合間に大きく手を広げ反り返る姿は、翼を広げて束の間の休息をとる白鳥のように見える。
 でも、体が反り返らなくても、両足をがに股に開き、スケート靴が平行になってカニのように横移動するのが、フィギュアスケートの技的には“イナバウアー”なのだそうだ。一ヵ月も練習すれば出来るようになると言われても、そんな奴、スケートリンクで見たことがない。
 金メダルに、日本中が歓喜に沸いた週末、ウェザーキャスターの僕は、フィギュアスケートと天気の話題をなんとか結びつけられぬものかと、思案を巡らせていた。
 荒川選手の演技で観衆を魅了したのは、高く切れ味鋭いジャンプと、目にもとまらぬ早さの高速スピン。クルクル廻る姿は、氷を削ってリンクの底へめり込んでいきそうな人間ドリルのようにも、そのままパタパタと離陸してしまいそうな人間竹トンボのようにも見えた。 
 クルクル廻るものならば気象の世界にも沢山ある。
 数年前、取材で訪ねたアメリカの気象学のメッカ、オクラホマシティー。
 トルネード(竜巻)研究の第一人者と言われる日本人教授は、そもそも大きく渦巻く台風の研究がやりたかった。でも、日本には台風が年に二つ三つしかやって来ないから研究が捗らない。その点トルネードなら年に千個も発生するから研究しやすい、というわけで異国の地へやってきた。
「僕はクルクル廻るものが好きなんです」と教授は笑っておられた。
 竜巻を追っかけて大平原を駆け廻るトルネードチェイサーツアーに参加していたアメリカ人の天気オタクも同じ。夕暮れ時、竜巻も起こさず萎んでしまった積乱雲をハイウェーの道端で眺めながら、「ミスター石原、タイフーンが来ているよ」と日本列島に近づく台風の衛星画像をニッコリ笑顔で見せてくれた。
 そう、天気好きは、クルクル廻るものが好きなのだ。
 フィギュアスケーターはスピンの時に両腕を縮める。それは、両腕を伸ばした時よりも、早く回転できるからだ。衛星画像でグルグル渦巻く台風の雲。中心から近い内側の雲の方が外側の雲より早く動き、地上では中心により近いほど猛烈な風が吹き荒れる。どちらもrv=rv、角運動量の保存則にのっとって物体は運動しているわけだ。
 百数十センチの選手がジャンプして一秒間に四回転ものスピードでクルクル廻る。六十メートル×三十メートルのリンクを、選手は四分間の演技時間内に、十周以上滑り廻る。
 そして、直径数メートルのつむじ風の持続時間は数秒間。直径数十メートルの竜巻の持続時間は数分間。渦巻きの直径が数百キロにも及ぶ台風は、生まれてから消えるまで数週間。
 小さいものは短く、大きいものは長く存在する。時間と空間の相関関係は、フィギュアも気象も同じだ。
 しかし、天気コーナー終了後、安藤優子さんから「よく分からなかったから、あとで楽屋で教えてね」とキツイ一言を頂いた。今日の話は視聴者の皆さんに分かりにくいと、それとなくダメ出しされたわけだ。
 それにしても、スポーツキャスターの舞の海さんは、トリノで美味しいものばかり食べていた。次のモントリオールには、お天気コーナーも連れて行ってくれ。

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