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週刊新潮 三月三十日号
「石原良純の楽屋の窓 」
144回
ヘイ、ミスター・クリントン

 二泊四日のボストン出張の内訳は、ボストン往復が三十六時間。現地滞在時間が三十四時間。実働ロケ時間はホテルからの移動も含め僅かに六時間。とにかく疲れた。
 アメリカ国内線乗り継ぎ便のフライトキャンセルは身に徹えた。なにしろサンフランシスコとデンバーの二カ所で乗り換えて十九時間かけてボストンへ向かう羽目になったのだから。
 上空一万メートルに吹く時速百キロ以上のジェット気流に乗っかって、アメリカ行きの飛行機は、日本に帰る飛行機よりずっと早く太平洋を渡る。時刻表を開いてみれば、一時間半以上差が記してある。なのに各駅停車行程のおかげで、行きが帰り以上に時間がかかってしまった。
 途中に立ち寄ったサンフランシスコもデンバーもアメリカ国内有数のハブ空港だ。広大な敷地にそれこそマス目状に何本もの滑走路が走り、航空会社ごとのターミナルがずらりと建ち並んでいる。平行に走る二本の滑走路に二機同時に離着陸する旅客機や、田舎の県道で渋滞に巻き込まれた行楽帰りの車列のような、離陸を待つ飛行機の長い列ができる。日本の空港とは比べようもないその規模に、どこへ行くにも飛行機が必要なのだとアメリカの広さを再認識させられた。
 ターミナルビル一つをとっても広いこと。航空会社のラウンジでタダ酒飲みを何よりの楽しみとする僕でさえ、一旦、ラウンジでの場所を見過ごして次の搭乗口まで行ってしまったら、引き返すのは面倒だ。
 羽田の第一・第二ターミナルを合わせたほど長いコンコースは、人で溢れている。そこに老人用の電動カートが走って来て、時差ボケと機内の酒が抜け切らない僕は、危うくひかれそうになる。ようやく辿り着いた次の出発ゲートには、未だ前の便の乗客が搭乗中だ。同じゲートに次から次へと通勤電車のように飛行機が出入りすることも、日本では考えられない。二便の客と荷物でごったがえす待合室で椅子など確保できるはずもない。
 だいたいアメリカ人は機内に手荷物を持ち込み過ぎなのだ。テロ対策の影響で航空会社に預ける荷物には施錠できないせいもあるのだろうが、ビジネスマンも行楽客もスーツケースをガラガラ引いて平気な顔して飛行機に乗る。
 その結果、飛行機の乗り降りにやたらと時間がかかる。一つ二つと鞄を入れたら、頭上の収納スペースはいっぱいだ。入り切らない荷物は、スチュワーデスが空き場所を探して座席と遠く離れた場所に収納する。
 降りる時にはそれ等の荷物が全部揃うのを待たねばならない。なるほど、搭乗時間が出発時間の三十分以上前に設定されているのも頷けた。
 僕は海外旅行の機内手荷物は、ルイ・ヴィトンのアタッシュケース一つと決めている。ガラガラ引き手もタイヤも付いてはいないが、機内で足置きにするにはもってこいなのだ。
 なぜか親父が“おまえにやる”と、突然、プレゼントしてくれた鞄。Y.Iとロゴ入りのヴィトンは、長距離フライトの必須アイテムとなっている。
 ようやく座席にたどりついても、アメリカ人スチュワーデスのなんと無愛想なことか。仲間内でキャアキャア盛り上がり、客より先に機内でパンを食べていた。アメリカの飛行機で美人スチュワーデスと僕が恋に落ちることはないと断言する。
 ところで、僕がそんな苦労してまで何をしにアメリカに行ったのか。
 そりゃ決まっているじゃないか、クリントン前大統領に会うためだ。
 でも絶対に、このミスター・クリントンはにせ物に違いない。なんたって今回のロケは『ブラックバラエティ』(日本テレビ系・日曜夜)の仕切りなのだから。

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