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週刊新潮 四月十三日号
「石原良純の楽屋の窓 」
146回
新・良純一家

 妻は広告代理店経営者、美貌の萬田久子さん。娘は天才フィギュアスケーターの深田恭子さん。こんな家族に不満を抱く男がこの世にいるものか。でも僕は、ドラマ『赤い奇跡』(TBS系九・十日夜放送)の主人公一家の夫であることに不満がある。
“赤い”シリーズと言えば、山口百恵さん三浦友和さんの超人気ドラマシリーズ。そのリメイク版である今回の特番は、百恵ちゃん役が深キョンならば、友和さん役は僕の出番だろうが。
 友和さんの笑顔には忘れられぬ思い出がある。
 その昔、石原プロの俳優がドラマ『西部警察』の“大門軍団”と混同されて、巷で“石原軍団”と呼ばれていた頃のこと。軍団の末席に加わっていた僕は、食事会で『西部警察』を御卒業なされた友和さんと初めて焼肉屋でご一緒した。
 当時の軍団の食事は若手にとって“食え食え地獄”。
「若い者は腹が空いている。だから、いっぱい食べる。食べる奴は偉い。」と訳の分からぬ三段論法で、軍団はどこの店に出かけても、メニューの端から端まで料理を注文していた。
 もちろん、先輩の御厚意を若い者が無駄にできようはずもない。「ごちそうさま」と挨拶をしようにも、下を向けば口の中のコーヒーに浮いたアイスクリームがこぼれ落ちるほど食物が詰っていた。
 焼肉屋で肉を残さず食べる秘訣は、カリカリに焼いて肉の体積を小さくすること。動物性タンパク質のお焦げには発ガン性物質が含まれているなどと悠長なことは言っていられない。運が良ければ、肉が焼網の間から、ポトリと下に落ちてくれることもある。
 そんな若手が丹念に丹念に肉を焼いていたテーブルに、友和さんがやって来た。赤いシリーズのテレビ画面で慣れ親しんだその顔は、初対面とは思えない。
 そして、爽やかな笑顔でおっしゃった。
「美味しい肉だから、僕の分も食べていいよ」
 そりゃ、渡哲也さんが連れて来てくれた店だもの、肉は美味しいに決まっている。その特上カルビを初対面の後輩に分けようというのだ。
 肉皿を受け取った僕の手は、微かに震えていたに違いない。“自分の分は自分で食べてよ”、そんな心の叫びが未だに脳裏に焼きついている。
 食べ物の恨みは恐ろしい。なぜか友和さんの笑顔を見ると、僕は焼網で焦げる肉片を思い出してしまう。
 焼肉の思い出はともかく、やっぱり、深キョンの継父よりも、恋人役が僕にはふさわしいに決まっている。でも、今回の恋人役は徳重聡クン、現役の石原プロ若手だ。
 となれば、石原プロOBの僕は彼にとって、仁侠映画でいうところの“おじき筋”にあたるはず。ならば、焼肉屋に連れ出して腹がはち切れんばかりに焼肉を無理強いしてやるか。でも、彼は体もデカいし、やたらと食べそうだ。やっぱり、お金がかかりそうだからやめておくか。
 そう、今にして思えば、渡さんは毎回、高級店へ全員を連れて行ってくれた。腹いっぱいご馳走してくれた。そんな御厚意を“食え食え地獄”呼ばわりする僕は、なんと罰当たりなのだろう。
 徳重クンに尋ねると、最近は食事会の回数も減り、口から溢れんばかりに食べることもなくなったという。石原プロの今の若手と僕らの時代、どちらが幸せなのか判断は難しい。
 それに今回の撮影では、僕はカゼを引いて声が出なくなり皆様に迷惑をかけた。その上、深田さんにまでうつしてしまって、本当に、ごめんなさい。
 だいいち、萬田さんを奥様に迎え、僕に何の不満があろうはずもない。
 ウム、僕は皆さんに焼肉をご馳走するか。

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