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週刊新潮 四月二十七日号
「石原良純の楽屋の窓 」
148回
ザ・ビッグ・ロブスター

 漁港ロケの朝は早い。
 宿の目覚まし時計が鳴っても、外は真っ暗。ベッドから這い出すと、手当たり次第に防寒着を重ね着し、とりあえず猫手で目の周りだけ洗顔して漁協の岸壁へ向かう。
 カメラが廻り始めれば海の夜明けに相応しく、「おはようございます」と一応、大声は出してみるものの、ライトの明かりがやたらと目にしみる。あっちふらふら、こっちふらふらと微妙に進路が左右にズレる。日の出を告げる海鳥の鳴く声さえ、脳にしみて腹立たしく思えてくる。
 腹が立つと言えば、漁を終えて戻った岸壁で取れたての魚を食べるというのも辛いものだ。寝不足の冷えた体に軽い船酔い。「ほれ」と刺身を差し出されても、せっかくの御厚意とはいえ食が進もうはずもない。
 やっぱり美味しいお刺身は、一風呂浴びて温まった体を冷えたビールでギュッと引締め、淡麗辛口の冷酒か、ホカホカ御飯と一緒に食さねば。何しろ僕らは、市場をウロつく猫じゃないのだから。
 先週の僕は、久々にそんな漁港取材が相次いだ。
 まずは『鶴瓶の家族に乾杯』(NHK月曜夜放送)で出かけた福井県・小浜。カレイにカニ、鯛、サバ……と、若狭の海は名産物を数え上げたら切りがない宝の海。今の季節は、サヨリとハゼ科の一年魚、いさざの踊り喰いが旬だ。
 週の後半はぐ〜んと足を延ばして、というよりも足を延ばし過ぎた。僕が行き着いた先は、いうなればカナダの釧路。
 カナダ東海岸、ニューブランズウィック州の、セントジョン。
 目の前に広がるファンディ湾も、やはり世界有数の漁場なのだそうだ。特に、ロブスターと帆立が名産という。
 さすがは往年の名番組『なるほど!ザ・ワールド・スペシャル』(フジテレビ系五月二日放送)のロケだ。成田からシカゴ、モントリオールで飛行機を乗り継ぎ、辿り着いた港町は、低く雲が垂れ込めて、にわか雪で、見る間に街の景色が白く染まってゆく。
 それでもこの冬のカナダは、記録的な暖冬だったのだそうだが。
 カナダでも夜が明けきらぬ桟橋へと向かう。だが、二十時間のフライトと十二時間の時差のおかげでちっとも眠たくない。世界一美味しいロブスターを捕まえてやろうと、僕は勇躍、船に乗り込んだ。
 北の海とはいえ、ファンディ湾は奥行きが数百キロもある深い入り江だ。低気圧が通り抜けたばかりの北風は、陸からの風となり、大波を立てることもない。時折、雲間から覗く陽の光もあって、まずまずのロケ日和、漁日和。
 まだまだ春浅い北国の景色は万国共通。海の上から眺めると、カナダと北海道の区別はない。雪を残す山々と海に切り立つ断崖は、知床半島といったところか。
 のんびりと漁場へ向かうデッキの上で、気象予報士の僕はカナダの漁師に、どうやって気象情報を仕入れるのかを尋ねる。彼等はいまでもラジオの気象情報が唯一の情報源なのだそうだ。「あまり、当てにならないね」と首をすくめていた。
 これが小浜の漁師なら、まず寝起きの布団の中で携帯電話の天気をチェック。さらに、テレビの天気解説をじっくり眺めてから漁に出る。
 変な型の雲とか、岬から吹く風とか、御当地ならではの予測法は、今は天気予報がよく当たるから必要ないそうだ。
 皆さんよく聞いてください。日本の天気予報は、カナダの天気予報より入手しやすくかつ、よく当たる。これが天候に命がかかる海の男達の結論なのだ。
 だから、街に暮らす人間が、予報が当たらない当たらない、とグチグチ言わないの。

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