週刊新潮 六月八日号
「石原良純の楽屋の窓
」
153回
“ボス”と呼ばれても
『環境刑事』とタイトルはふざけているが、番組は第十五回地球環境大賞に関係する至ってまじめな内容だ。六月五日の“環境の日”に先立って、四日日曜のお昼に放送される。
地球環境大賞は、産業の発展と地球環境との共生を目指して成果をあげた企業・自治体などをフジサンケイグループが表彰しているものだ。
そこに、“刑事”は関係あろうはずもないが、少々堅いテーマを、視聴者の皆さんに、少しでも分かり易く楽しんでもらおうと、“お台場八曲署”が創設されたわけだ。
もちろん、僕が八曲署の捜査一係長を拝命することになったのは、故・裕次郎叔父が七曲署の捜査一係長だったからに違いない。
当然、番組での僕のニックネームは“ボス”。
その昔、僕が新人刑事時代に“マイコン”と呼ばれたのも極りが悪かったが、それ以上に“ボス”と呼ばれるのは気恥ずかしい。
僕と同い年のプロデューサー氏が、用もないのに“ボス”“ボス”と声をかけて、僕が照れたり、困ったりするのを、ニンマリ顔で眺めている。しかし、そんな君も、鈴木カッパさんだろ、大の大人が“カッパ”なんて名前で仕事していいのかよ。
同じ“ボス”と呼ぶ声も二十代前半のスタッフとなると、アクセントが微妙に違う。彼らはもう、石原裕次郎演じる『太陽にほえろ』のオリジナルの“ボス”を知らないのかもしれない。それはそれで、少し寂しくもあった。
刑事部屋の撮影が行われたのは、神田の廃雑居ビル。内部をそのまま利用して、貸スタジオになっている。
当日は、天候不順な最近では珍しく五月晴れ。なのに僕らは薄暗くて埃っぽいビルの中でピッチリと窓を閉め切り貴重なおてんと様を無駄にして刑事を熱演。
“ボス”“ボス”と皆におだてられているうちに、だんだんとボスも居心地良くなってきたりするものだ。役に気持ちが入れば、セリフにも量感がこもってくる。
現場に赴く若手刑事の渡辺和洋アナウンサーの後ろ姿に渋く声を掛ける。
「カズ…命を…大切にしろよ」
でもそんな熱演も、「まの取り過ぎだ」とディレクターから即NG。刑事部屋シーンは取材VTRの繋ぎに過ぎない。番組の主役は、あくまでも環境問題に取り組む皆さんなのだから。だいいち、エコロジーの取材に行って命を落とすはずもない。
ボス自らも現場へ足を運んだ。僕が取材に出かけたのは、軽井沢・星野温泉『星のや』。
顧客を満足させ利益を上げる“経済”と、地球を傷つけない“環境”の両立を提唱し実践するのは星野佳路社長。現代のカリスマリゾート仕掛人は、僕の大学の二年先輩だった。
数々の工夫のなかでも最も興味深かったのは、地球物理学の専門家と手を組んだ“地中熱利用”。
地下二百メートルまで水温十度の水を送り、地熱で三十度に水温を上げる。その熱でリゾート内の暖房がすっかりまかなえるのだそうだ。
『星のや』の前身、『星野旅館』は、大正十年から近くの沢の流れを利用して水力発電を行っている。今もその施設は健在だ。水力、地熱、そして軽井沢の冷たい空気を“風路”と呼ばれる天窓から導く天然の冷房。リゾートで消費するエネルギーの七十五パーセントが軽井沢の自然でまかなわれているという。
さて、番組のエンディングは『星のや』の庭でゆっくりお茶を楽しむボスが、部下達の噂話にむせかえり、口に含んだお茶を吹き出したところでストップモーション。
カッパに踊らされ、僕は“ボス”やっていて、いいのかな。
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