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週刊新潮 六月二十二日号
「石原良純の楽屋の窓 」
155回
バン、ビョン、ドン

朝起きると体が痛い。特に右側に振り返ると左首筋の奥がギクリと痛んだ。
 原因は分かっている。壁にぶつかったからだ。
 でも、自動車事故にあったワケでも、酔っぱらって座興が過ぎたワケでもない。今時の芸能人は壁にぶつかるのも仕事のウチ。思いっきり壁にぶち当たって見せたのは『東京フレンドパーク・』(TBS系月曜夜)の収録でのこと。
 ゲストが二人一組で頭と体を使った様々なゲームに挑戦して豪華賞品を目指すのは、関口宏さんがゲームセンターの支配人を務める人気長寿番組。僕は、杉田かおるさんとタッグを組んでゲームに挑んだ。
 杉田さんとはこのところ、バラエティ番組でもドラマでも仕事場で顔を合わせる機会が多い。
 『フレンドパーク』の翌日も『ぴったんこカン・カン』の収録でご一緒し、先日は二人が元夫婦役の設定の二時間ドラマを撮り終えたばかりだ。
 僕より年下だけれど、杉田さんを“かおるちゃん”とは呼びにくい。なにしろ彼女は、僕が子供の頃からドラマで主役を張っていた先輩女優さんなのだから。
 そんな彼女は僕のことを番組中は“良純さん”、楽屋では“良純クン”と呼ぶ。男のメンツを考えた大人な配慮はさすが芸能生活三十余年のベテランの振る舞いだ。ことに最近は、いろいろと人生経験を重ね、益々レディーの嗜みを身につけられた杉田さんは、僕の敬愛すべき友人なのだ。
 しかし杉田さん、今日ばかりはおしとやかに振る舞われていては困る。若い頃を思い出し、失礼、杉田さんはまだ若い。元気な頃を思い出し、失礼、杉田さんはもちろん元気だ。とにかく、ババーンとゲームに勝利するまで一緒に戦いましょう。
 念入りにストレッチして体が温まったら、「よし」と気合いを入れてスタジオ入りする。なにしろ今回の挑戦はリベンジなのだから。
 前回の番組出演は五年半前のこと。僕は次々とゲームに失敗し、パートナーの山田花子さんからは「しっかり、してや」と冷たい視線を浴びせられた。
 特にしょっぱなの“ウォールクラッシュ”は惨めなものだった。このゲームは至って単純だ。マジックテープに覆われた繋ぎを着込んだ挑戦者は、小さなトランポリンを利用してマジックテープの壁にダイビング。手先が少しでも高い位置に貼りつくほど高得点となる。一人二回ずつの計四回の合計点でクリアーラインを目指す。
 助走で勢いをつけ過ぎると、ベクトルが前方に働いて壁に顔面を強打するハメになる。要はトランポリンをうまく利用して上へのベクトルをいかに大きくするかが成否の鍵。
 前回は、物体の運動法則的にアトラクションを分析した僕は、歩いて助走路を踏み切った。
 ノコノコ。ポン、ポコ、ポテ。
 リプレイのVTRを眺めれば、なんとも消極的な姿だ。そこには、男らしさの欠片もない。とうてい刑事ドラマのアクション俳優出身とは思えない。
「良純クンも年とったね」
 関口宏さんの一言が、ダメ押しの決定打。深く傷ついた僕は、「いつか必ず、高く大きく跳んでやる」とこの日を待っていたわけだ。
 いよいよ本番。杉田さんや関口さんをはじめスタジオの大勢の観覧者の声援を受けてスタート位置につく。僕に不思議と緊張感はない。大きなストライドで助走し速度を上げる。高く踏み切りトランポリンでは膝を伸ばして足を曲げない。あとは大きく腕を拡げ、壁にぶつかるだけだ。
 ピーッと関口さんがゲーム開始を伝える笛を吹いた。
 トットットット。バン、ビョン、ドン。
 だから一週間たっても僕は首が痛い。

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