週刊新潮 七月十三日号
「石原良純の楽屋の窓
」
158回
あぁ、情けない
「だめだなぁ〜良純。ちゃんと軸足を踏み込んで打て」
テニスコートに響く大きな声の主は、法政大学庭球部OBの渡辺徳親さん七十八歳。フォームが決まらぬ僕のヘッポコテニスを見かねて氏はネットサイドに仁王立ち、次々と僕に檄を飛ばす。
ネットの向うに相対するのは、僕のライバル戸田英冠さん六十九歳。この小さくて真っ黒に日焼けしたおじさんはやたらと身軽だ。一日中テニスコートにいてもバテるということを知らない彼は、接戦のゲームを絶対にあきらめない。過去にはタイブレークで粘りに粘られ、僕はギックリ腰になってしまった。
それにしても梅雨時の晴れ間はやたらと蒸し暑い。南中高度が一年で最も高いこの時期、雲の切れ間から顔を覗かせたお日様は、真夏以上にギラリと輝く。足元の地面からは湿気がムッと昇ってくる。
テニスウェアは、滲んだ汗でぴたりと体に貼り付く。低く前傾姿勢をとった僕の額からは、大粒の汗がポタリポタリと滴り落ちる。
梅雨の晴れ間をナメてはいけない。暑さに慣れていない体は、熱中症を引き起こすこともある。
眼球をやんわりと圧迫されるような気がしてきて、ネットの向うの戸田さんが二人に見える。首筋を軽く掴まれたような気がしてきて、渡辺さんの声が遠くに聞こえてくるようになった。
これってヤバくない? 僕は“タイム”の声を上げた。
でも、以前の僕ならば絶対に自分から先にゲームを中断しようと言い出しはしなかった。しかし先日、番組収録で大勢のお医者さんに忠告され、僕は少し考えを改めたのだ。
『主治医が見つかる診療所』(テレビ東京系・七月十七日夜放送)。この日のテーマは脳卒中。日本人の三大死因の一つ脳卒中のやっかいなところは、命は取り止めても、後遺症が残るケースが多いということ。
心配ならば脳ドックを受ければいいのか。
僕は昨年、突然の頭痛に驚いて脳ドックを受けた。ところが、検査結果を聞く前にすっかり頭痛は治っていた。どうやら歯が原因だったようだ。
病院の先生曰く、僕程度の頭痛で患者全員が脳ドックを受診したら保険医療は破綻する。検査で脳動脈瘤が見つかったとしても、小さい瘤が破裂する確率と手術失敗の確率はどちらも極めて低く、それも確率は同じ位。無理に手術する必要はないのだそうだ。
脳卒中は、いわゆる生活習慣病。普段の生活態度を見直せば、脳ドック以上に病気の予防効果がある。
まず、番組の医師団全員が口を揃えて言うのが、タバコの害。
今の世の中、タバコはすっかり悪者になってしまった。テレビ局やオフィスの狭い狭い喫煙ルームでタバコの煙りに燻製されて、大の大人がひしめき合ってタバコを吸う姿を見ると、もう少し楽しく吸わせてあげてもいいように思えてくる。
酒はほどほどに、適量は一日一合未満。そんなの酒ではない。僕はとうてい我慢できない。
熱いフロやサウナで頑張るのも御法度。日頃の運動不足をフロで一気に解決しようというのは、体に悪いに決まっている。
ところが、頑張り過ぎるスポーツもいけないという。四十を過ぎたら自分の体を労れ。ガムシャラに動き廻るのは命取りになりかねない。つまり、僕はもう千本ノックや地獄の階段ダッシュをやっている歳ではないということだ。
でも、人より少しでも長くコートに立ち、一打でも多く球を打たなければ、スポーツの才能に恵まれていない僕のテニスが上達しようはずもない。
ということは、僕は戸田さんに永久に勝てないってこと?
|