週刊新潮 七月二十日号
「石原良純の楽屋の窓
」
159回
元暴走族のリーダー?
安アパートの六畳間で、かたせ梨乃さんと僕が夫婦喧嘩をしているのは、金曜エンタテイメント『奥様は警視総監』(フジテレビ系・七月二十一日放送)でのことである。
梨乃さんは、若くして警視総監にまで昇りつめた伝説の美人エリート警察官。しかし、その職をなげうって、しがない食品会社サラリーマンの僕と結婚し、今は平凡ながらも幸せな家庭の主婦に収まっている。
そこへ重要事件の検挙率が低迷する警視庁から、“特命警視総監”の密命が彼女に下る。
この二時間サスペンスドラマは、普通のおばさんのようでいて、実は何でもできる“奥さまは魔女”。
犯人に“特命警視総監”のバッジを見せて事件を解決する“水戸黄門”。
様々なテイストが加わって、いかにも肩の凝らない娯楽作品に仕上がっている。
夫の僕はといえば正義感は人一倍だが世渡り下手。元暴走族のヘッドだった男だから、世の中の不公平の元凶は総て警察官にあると恨んでいる。
それでも特命刑事の身分を隠す梨乃さんと、元ヤンキー夫との会話が、意外なところで事件解決の糸口になったりもする。
深夜の大暴走なんて回想シーンはなかったが、セットの装飾用に暴走族姿のスチール写真を撮影した。
僕の天然パーマが梅雨時の湿気を含んでも、そこまでは膨らまないほどにリーゼントかつらは額の前に大きくはみ出した。
白い晒で体を締め付け、紫色の特攻服に袖を通す。チューブトップの女装のようで胸元がスースーと落ち着かない。そんな時は、額に鉢巻きをキリッと締めれば気合いが入る。
用意された暴走族仕様のオートバイは、市販バイクのシルエットを全く留めていない。ハンドルもサドルもマフラーも、決して機能的とは思えない勝手な方向へ、ズンズン伸びている。
「シートに跨がり、ポーズを決めてくれ」とカメラマンに注文されても困ってしまう。僕にとってオートバイは、縁遠い代物だ。
それは暴走族全盛時代、逗子・鎌倉あたりのトンネルで、一方通行を逆走して来た暴走バイクを見て、運転手に向かって「ぶつけろ。はね飛ばせ」と叫んだ親父の影響に違いない。
大学生の兄貴が中型二輪の免許を取り、四百CCバイクがウチにやって来た時には、一騒動あった覚えがある。親父と兄貴の二者協議で何が話し合われたのかは知らないが、半年のうちにバイクは我が家のガレージから消えていた。
僕はといえば、原動機付き自転車、いわゆるゲンチャリに乗っていたくらいのものだ。
家の近くの道で、マンホールをポールに見立ててスラローム走行していた僕は、ゴロンと転げた。痛む右足をさすりながらゲンチャリを押し、角を曲がって事故の目撃者から見えなくなったところで、うずくまってひとり泣いた。
二十年前、『西部警察』のロケ現場である日曜日の埠頭には、ロケ隊以外に人影はない。
昼休み、舘ひろしさんに「俺のバイクの後ろに乗ってみるか」と誘われた。
黒い革の繋ぎに身を包んだ舘さんの背に両腕を廻した途端、バイクは轟音を上げて駆け出した。風圧に引きはがされまいと必死に舘さんにしがみつく。速度が少し緩んだかと思うと、バイクは倒れてコーナーに突入する。コーナーを抜け再び直線に入れば、またフルスロットルで疾走した。広い埠頭をひと周りしたのは、ほんの数分の出来事。ロケ埠頭に戻った僕は、シートから崩れるように地面にヘタリ込んだ。
そんな僕は、暴走族にむかない。せっかくのスチール写真もイケてるようで、その実、晒から皮下脂肪がはみ出ていた。
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