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週刊新潮 八月三十一日号
「石原良純の楽屋の窓 」
164回
御苑に住みたい

僕が立っているのは、新宿・高島屋の屋上。
 地上六十メートルに吹く風は、下界の熱風に比べれば、まだましだ。それでも時折、街の喧噪と共に、舞い上がってくる車やエアコンの熱気で、肌には汗が滲んだ。
『素敵な宇宙船地球号』(テレビ朝日系・日曜夜)は、大都会を舞台に、二週連続の豪華二本立てで、ヒートアイランド現象を検証する。
 僕の背後に聳える、新宿副都心の超高層ビル群をはじめ、コンクリートやアスファルトに覆い尽くされた街は、太陽の熱を抱え込み離さない。そこに車やオフィスが吐き出す熱が加わって、気温を異常上昇させる。これが、ヒートアイランド現象。
 ヒートアイランドは、集中豪雨の原因とも言われている。近年、都会では、狭い地域で短時間に百ミリもの大雨に見舞われることがある。
 八月二十七日放映の『都市型ゲリラ豪雨の恐怖』は、そんな大雨とヒートアイランドの因果関係を検証する。
 夏の強い日差しに熱せられた地表付近の空気は、南風に乗って関東平野を北上し、山に行き当たると、上昇気流となって、雷雲を生むのだ。 
 上空に寒気があれば、熱せられた空気はその場で上昇し、平野部でも雷雲を発達させる。
 ところが、一九九九年七月二十一日の場合は、上空に強い寒気はないのに、巨大な雷雲が、東京・練馬に一時間に九十一ミリという猛烈な雨をもたらした。
 当日は、相模湾からの風と、東京湾の風が、都心へと吹き込んでいた。 
 そして街では、夏の強い日差しによってヒートアイランド現象が起き、上昇気流が発生して都心部の気圧が下がる。すると、東の海上、鹿島灘の北風が、ヒートアイランドに吸い寄せられるように風向きを変え、都心部へ流れ込んで来る。
 相模湾の風、東京湾の風、鹿島灘の風。三つの風が集まり、行き場を失った空気は上昇気流となる。暖かく湿気を含んだ三つの風が、巨大な積乱雲を生んだというわけだ。
 これは恐ろしい話だ。 「百年後には、地球の平均気温が、最大で五・八度上昇する」というように地球温暖化は説明されているが、百年待たずとも温暖化の影響は現れている。
 練馬の九十一ミリの雨は、僕ら人間が作り出したヒートアイランドという巨大な焚火が、原因なのだから。
 人間と自然との調和への糸口を見出そうというのが、九月三日放映の『風の谷と森が奇跡を呼ぶ』。
 僕が立つ屋上から高層ビル群の反対側に目をやると、足元には、新宿御苑の広大な緑地が広がっている。
 昼日中、御苑の四万本の樹木が木陰を造り、涼を呼ぶのは理解できる。さらに夜には、御苑の広びろとしたな芝生が、放射冷却によって地上の熱を空へ逃がし、“街のクーラー”の役目を果たしていることを初めて知った。
 深夜、御苑に足を踏み入れると、大都会のド真中とは思えない静けさとともに、ひんやりと頬を撫でる冷たい空気に驚かされる。隣接する新宿の街との気温差は三度にも達していた。
 芝生で生み出された冷気は、やがて周囲へこぼれ落ちる。御苑を囲む金網に蚊とり線香をぶら下げてみると、煙の流れで冷気の滲み出しが確認できた。
 こんな有難い自然の恵みを利用しない手はない。緑地で生み出された涼しい空気を、効率よく利用することのできる街づくりが、温暖化対策の一つの重要な柱となるだろう。
 冷気に包まれ森の向こうに摩天楼を眺める夜の御苑は心地良い。
 僕は「どんな家に住みたいか」と尋ねられたなら、「新宿御苑に住みたい」と答えることに決めた。

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