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週刊新潮 五月十日号
「石原良純の楽屋の窓 」
199回
”ムギュ”してた

「マグロは赤身」
「やっぱり、大トロ」
「いえいえ、中落ちで決まりでしょ」
 グラス片手に、マグロ談義に花を咲かせたのは、月桂冠”つき”のコマーシャル撮影でのこと。
 藤原紀香さんの部屋に、宮崎哲弥さんと僕が遊びに行く。楽しい仲間が集まって、おいしい酒と肴で大いに盛り上がっているというシチュエーション。
 監督の演出プランは、あくまで、素の三人の表情。だからカット割りは決まっていても、絵コンテにセリフは一切書かれていない。三人が車座になり盃を酌み交わしたところで、自然に浮かんできた言葉や表情をそのままコマーシャルに切り取ろうというわけだ。
 そんな監督の意向を汲んで、僕らが手にしたグラスには、本物のお酒が注がれている。まず紀香さんが本番で酒を飲むことを快諾したのに、男の僕が「水盃でお願いします」なんて言えようはずもない。
 朝十時に撮影開始。親交を深める意味で、カメラが廻る前から三人で乾杯。紀香さんも宮崎さんもかなりいける口のようだ。
 赤身、大トロ、中落ちの三色マグロ刺し盛りを囲む三人の表情は、それぞれ三台のカメラが狙う。マグロを巡る発言は、紀香さんから時計廻りと順番は決まっている。あとは監督の「スタート」の掛け声とともに、僕らはおいしいマグロを頬張り、おいしいお酒を飲めばいい。
 こんな楽な仕事はそうあるものではない。宴は酒の勢いも手伝って、どんどん盛り上がってゆく。だが、そんな三人の姿を見て大笑いしている監督は、いっこうにカットを掛ける気配がない。
 遂にマグロを誉める言葉に行き詰まり、僕らの会話が途絶えたところで、ようやくカットが掛かる。
「大変おもしろいですね。もう一回、いってみましょう」
 そう、昨年にNTTのタウンページのコマーシャルで御一緒した時も、神谷佳成監督は、ニコニコ顔しながらかなりの粘り腰だった。♪これっきり、これっきり、 もうこれっきり〜ですか♪と、僕の大きな歌声に大爆笑しても、延々とNGを出し続けた。
 向こうがCM創りのプロならば、こちらも演じるプロ。監督の満足ゆくまで大いに飲み語り合おうじゃないか。僕は、歌は苦手でも酒には自信がある。紀香さんと宮崎さんに負けじと、ぐびぐび盃を空け続けた。
 昼食休憩でスタジオの外に出ると、あまりに燦々と輝く陽の光に驚いた。朝酒は足にくる。すっかり酔っ払いの僕は、日差しに頭を押されてよろめいた。
 こうなると、いささか御天道様に対しての後ろめたさを感じずにはいられない。それは、徹夜明けで飲み屋から出た街が、すっかり朝の装いだった気まずさと同じだった。
 そしてもう一つ驚いたのは、そんな苦労のCMを家で家族にプレビューしてみせた時のこと。
 テレビ画面に現れた僕を見て、長男?良将は「あっ、パパがお食事している」と無邪気にはしゃいでいた。ところがその後、義母に、「パパが女の人と”ムギュ”してた」とけげんな表情を浮かべて話したという。
「おいしければ、いいやん」   
CMの最後のカットで、僕は、お酒に潤んだ目の紀香さんにヘッドロックを掛けられる。幼い子供の目には、父親が見知らぬ女の人と抱き合っているように見えたのだろう。
 父親に面と向っては言えない、母親には言ってはいけない、と彼なりに遠慮する。でも、誰かに語らずにはいられない。そこで、良将は義母に囁いたようだ。そう、男の子は繊細なのだ。
 追伸。紀香さん、昼休みの”ウコンの力”有難うございました。おかげで午後の撮影も乗り切れました。

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