週刊新潮 五月三十一日号
「石原良純の楽屋の窓
」
201回
「世界卓球2007」応援よろしく
ヒラヒラと震えているのは、ほかならぬ僕の右手。卓球のラケットを握ると、なぜか手先がヒラヒラ泳いでしまう。
僕を突然の悲劇が襲ったのは、番組でプロコーチの卓球レッスンを受けた特訓三日目のことだった。二日目の練習で、マイ卓球史上最高のフォアハンドラリーを繰り広げた僕は、意気揚々と渋谷の卓球場に乗り込んだ。バックハンドの練習を始める前に、まずはおさらいに、フォアのラリーをコーチにお願いする。
ところが、上手く球が相手コートに入らない。ポンポンと球は卓球台の向こうに飛んでゆく。「アレッ、どこに力を入れるのだっけ」と自分の右腕に神経を集中してラリーを続けた。それでもうまくいかなくて、頭の中にアレッ、アレッ、がめいっぱいに広がったところで、僕はスイングする自分の右手がヒラヒラ震えていることに気がついた。
病気や怪我で思うように体が動かないことがある。それよりも、思いもしないのに、体が勝手に動いてしまうのは、もっと恐ろしいものだ。
自分の手とは思えない、泳ぐ右手を見た僕の頭に浮かんだのは、”脳梗塞”の三文字だった。
周りの皆が、僕の姿に唖然呆然。僕の泳ぐ右手がおかしくて、必死に笑いを堪えている。でも、当人は至って真剣だ。これは生死にかかわる問題、と僕は慌ててホームドクターへ電話をかけた。
「真っすぐ歩けない?」「しゃべれない?」「字が書けない?」先生は次々と僕に質問してくる。
先生の質問にYESならば、脳梗塞の疑いが大きくなる。
脳から神経への合図は、電気で伝達される。スイッチはオンかオフのどちらか。脳に障害が発生すればスイッチが切れ、その部分の脳が掌る運動機能は停止する。
僕は症状を説明し、注意点をメモに書き留めた。どうやら僕の脳信号はブチ切れてはいないようだ。
「思うように動かぬラケットに気を使い過ぎた心因性の震え」とお医者さんに診断された。
テークバックで体が硬直してしまうゴルフのイップスと同じ原理。汚職事件の国会の証人喚問で、証人が緊張の余り手が震えて宣誓書に名前をサインできなかったのも同じこと。
字が書けないことに代表される、心因性のこんな症状をひとくくりに”書痙”というのだそうだ。
解決策は、ラケットを握らないこと。ラケットを握り続けると、そのイメージが手に染み込んで、ラケットなしでも手の震えが止まらなくなり兼ねない。
「日常生活では使わない、細かい腕の筋肉を駆使するのが、卓球独特の難しさ」とコーチからもなぐさめられた。
「フォアハンドを打てば、右手が危ない」という大きなハンディを背負った僕は、筋肉の動きが違うバックハンドだけで、ボビー・オロゴンと番組で対戦し、僕の「世界卓球2007」は、あっけない幕切れとなった。
だが、熱い戦いは今も続いている。クロアチアの首都ザグレブでは、本物の「世界卓球2007」が開催されている。
一九二六年にロンドンで第一回大会が開催され、優勝者には世界チャンピオンの称号が与えられる権威ある大会。今大会の参加国と地域は百三十以上。参加選手は七百人を上回る。
二十四日からは、大会も後半戦。日本のエース、福原愛選手をはじめ、十四歳の新星、石川佳純選手ら、注目試合が目白押し。
ちなみに、世界卓球の生中継では、テレビ東京の大橋未歩アナウンサーと共に僕がメインキャスターを務めている
しかし。卓球の話を書いているだけで震えがきそうな僕の右手は、本当に大丈夫なのだろうか。
|