週刊新潮 六月十四日号
「石原良純の楽屋の窓
」
203回
良純先生の家庭訪問
「大きな声で、ごあいさつができますよ」
「だんご虫が、好きなんですね」
先日、”ばら組”担任の宍戸麻衣先生と鈴木麻由先生が、我が家に家庭訪問にいらした。
先生からきく長男、良将の幼稚園での修学態度は、僕が想像していたより上出来のようだ。教室では、先生の質問に一生懸命に手を挙げ、友達とも積極的にコミュニケーションをとっているという。ただ、校庭でだんご虫を見つけると、周囲に一切お構いなし、だんご虫の世界に浸ってしまうらしい。
授業で道具を使う場合に、クラスの皆が一斉に道具置き場に殺到したら危ない。そこでクラスは班毎に行動。良将は、ライオン班。クラスの中で一番最初に勢いよく行動を起こすグループだ。そのくせ先生の話をちゃんと聞いていないから、結局、クラスの中で最後まで準備が整わない。
紙芝居を見ながら、「お台所のお鍋では、何を作っているのでしょう」と先生に聞かれると、「お鍋は熱いから近くに行かない」と答えるやつら。ストーリーそっち退けのライオン班の皆の思考回路は、ちょっぴりあっちを向いているようだ。
それでも、良将のお絵描きは少し上達した。家庭訪問のこの日のために描かれたお母さんの似顔絵は、輪郭がちゃんと丸になっている。鼻と耳はなくとも、目が二つと口が一つは描かれている。何よりも、髪の毛が三本描かれていることが、彼の絵としては画期的なことだ。
二人の若い先生を前に母親と並んで座る良将は、ソワソワと落ち着かない。先生に話しかけられても、俯いたままひょろ長い足をブランブランさせるばかり。意を決して顔を上げても、先生と目が合った途端、ニンマリ笑顔になって、すぐにまた下を向いてしまう。
その一方、長女の舞子は、パタパタとダイニングテーブルに走り寄って来ては、「舞ちゃんね、舞ちゃんね」と自己アピールを繰り返す。兄貴に奪われてしまった主役の座を、なんとか奪い返そうと必死なのだ。
先生方もこの日ばかりは、良将が主役と心得ているから、舞子がいくら話しかけても構ってはいられない。仕方なく僕は、脇からバタツク舞子を抱え上げ、部屋の外へ連れ出した。二十歳そこそこの若い先生を前に、何を話していいのやら、僕自身、居心地が悪かったのも事実だ。
僕にも家庭訪問を受けた記憶がある。教会の付属幼稚園の先生はシスターで、柴田理恵さんタイプ。普段は子供立入り禁止の応接間で、母と並んで座る僕は、良将同様、恥ずかしくて足をブランブランさせ、ずっと下を向いていた。
ちょっと顔を上げると、扉からこちらの様子を覗き込む兄弟達と目が合った。僕を心配するような、僕を羨ましがるような。僕にしても、ドアから覗く兄弟は居心地の悪さの助けにはなるが、せっかくの僕と母と先生と三人だけの時間を邪魔する存在でもあった。
いつものおやつのケーキを、いつもは飲まない紅茶を、いつもの二十倍の時間をかけてゆっくり食べる。
家庭訪問は、良将にとっても僕と同じような時間だったに違いない。
そして先日、立場が変わり、僕がさくら家を家庭訪問しに訪れたのは、『まるまるちびまる子ちゃん』(フジテレビ系・七日夜放送)でのことだ。
これからの季節、梅雨の楽しさ、雨の楽しさについて、お天気先生の僕は熱弁をふるってきた。でも、収録は一時間だが、オンエアは十分ちょっと。それでも大きなお目々をクルクル廻して僕の話を聞いてた、まる子ちゃんは空に興味を持ってくれたに違いない。
あれっ、そういえば家庭訪問の必須アイテム、紅茶とケーキが出なかったな。
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