週刊新潮 九月十三日号
「石原良純の楽屋の窓
」
215回
夏は白い麻のスーツ
「訳ありな男だね。それで、どうなるの」
新宿・アルタのメイク室で、横に並んだタモリさんにミラー越しに尋ねられたのは、NHK連続テレビ小説『どんど晴れ』の話。
『どんど晴れ』は、比嘉愛未さん演じるヒロイン夏美と、盛岡の老舗旅館『加賀美屋』を巡る物語。困難を乗り越えて、ようやく夏美は若女将になれた。
物語の最後の最後、そこへもう一波乱ありそうな予感を漂わせた僕が登場したのだ。
僕の本格的な出番は九月の四週間。そのプロローグに、八月の放送では二日間だけ出演した。その僅か二日を見逃さないタモリさんは、朝ドラファンに違いない。
毎日、『笑っていいとも!』でアルタへ向かう前、自宅で朝食を食べながら朝ドラを欠かさず御覧になっているのだそうだ。
なるほど、朝ドラと朝食の因果関係は深い。だから僕にとって朝ドラの代表作は、広く世界にその名が轟く『おしん』ではなく、『雲のじゅうたん』になる。
朝ドラの始まる八時十五分は、中学生の僕のまさに朝食時間。遅刻ギリギリまでトーストを頬張る僕の目は、テレビの”ヘバちゃん”と画面左上の時刻表示に釘付けになっていた。
『雲のじゅうたん』のヒロインの浅茅陽子さんは、女だてらにパイロットを夢見る”ヘバちゃん”。秋田弁が抜けない彼女の言葉から、奉公先の男爵家のお殿様である船越英二さんが愛称を付けた。そんな”ヘバちゃん”の活躍を僕は毎朝、楽しみにしていた。
僕は『どんど晴れ』が、朝ドラ初出演。いつもドラマ収録の初日には、背筋をピンと伸ばしてスタジオ入りしたりするものだが、その昔、自分も観ていた番組となると、一層、力が入る。
NHK西館一階の一〇五スタジオに緊張の面持ちで足を踏み入れた僕は、「秋山譲二役の石原良純さん」と紹介されてスタッフに拍手で迎えられた。
そして次の日も、スタジオ入りする僕は、スタッフに拍手で迎えられた。僕だけではない、出演者一人ひとりが、毎日、スタッフの拍手で迎えられるのが、この現場の習わしらしい。
物語は、老舗旅館が決して忘れない”おもてなしの心”がキーワード。ともすれば殺伐としてしまうハードスケジュールな帯ドラマの撮影現場を、スタッフもキャストも少しでも和やかにと”おもてなしの拍手”を、皆、欠かさないようにしているのだとか。
僕の収録は、十カ月の収録期間の最後の一カ月。老舗旅館のようにしっかりチームワークが出来上がった現場に、僕は大切なお客様のように招かれたわけだ。
役柄上、僕はひとり滔々とセリフを述べる機会が多い。僕がセリフに苦労していると『加賀美屋』の女将さん役の宮本信子さんから、「自由にやってくださいね」と優しく声をかけられる。
比嘉さんはじめ、若い俳優さんに囲まれての芝居では、僕が若い者を支えてやらねばと思いつつ、その実、NGを出すのは僕だったりして。それでも、皆さんの笑顔に助けられた。
唯一、お叱りを受けたのは、長門裕之さんから。
「お前に、おじいさんと呼ばれる筋合いはない」と怒鳴られても、長門さんは物語の鍵を握る”平治じいさん”。台本に”じいさん”と書いてあるのだから「じいさん」と呼んでも仕方ないでしょ。
さて、タモリさんに僕が演じる秋山の正体を問われても、今はまだ明かすわけにはいかない。
秋山の白い麻のスーツの正体だけはお教えしよう。
収録前にお会いした舘ひろし先輩は、白い麻のスーツ。
夏の陽の光に映えるその姿を、僕はしっかりパクらせて頂いた。
僕の麻のスーツ姿は、舘さんを超えるだろうか。
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