週刊新潮 十月二十五日号
「石原良純の楽屋の窓
」
221回
ああ、ローマ
海外を旅すれば、その国の法律適用を受ける。軽はずみな行動は、法を犯すことにもなりかねない。
そこで、世界の法律をレクチャーしようというのが、児玉清さん率いる『びっくり法律旅行社』(NHK総合・十九日夜)だ。
今回の旅先は、イタリア・ローマ。ならばゲストには、僕がふさわしい。なにしろ僕は、三カ月間、ローマに短期留学していたことがあるのだから。
イタリア映画に参加しないかと、日本人プロデューサーに誘われてローマへ赴いたのは二十年も前のこと。撮影前に現地の環境に慣れるべく、アパートメントを借りてもらい、僕のローマ暮らしは始まった。
部屋は、地下鉄A線のオッタビアーノ駅から徒歩十分。街を見下ろす丘へと続くメダリエ・ドロ通り辺りは、年金生活者が多く暮らす比較的上品な地域と聞いていた。カトリックの総本山・サン・ピエトロ寺院にも近く、部屋の窓からビル並みの向うに大聖堂の丸屋根が浮かんで見えた。
ローマの一日は、まずプロダクションのオフィスに顔を出すことから始まる。イタリア人スタッフの英語と僕の英語はどっこいどっこい。イタリア人の発音は分かりやすくても、ちょっと話がややこしくなるとやっぱり通じなかった。
限り無く余った時間は、『地球の歩き方』を片手に独りで街へ出た。地下鉄、バスを乗り継いでローマの街の名所旧跡を一つ一つつぶして廻る。
僕が見つけたローマで一番にお気に入りの景色は、テベレ川の河畔のサンタンジェロ城から真っ直ぐ延びる道の彼方に眺める、サン・ピエトロ寺院。千数百年の時を超えて偉容を誇り続ける巨大な建造物に、木や土の家に住む日本人の僕は、石の文化の迫力に度肝を抜かれた。
夕方には、スペイン階段の裏にある『ローマン・スポーツセンター』へ出かける。ジムでマシーンを終えて階段を登り、地上に顔を出せば、そこがボルゲーゼ公園の入口。東京の代々木公園といった大きな公園には、馬場があった。僕は、馬場をトラック代わりにグルグル走った。
ジムの帰りは、スペイン広場駅から地下鉄に乗る。テベレ川に架かる鉄橋で地上に顔を出す電車の車窓からは、ローマの街が見えた。長い夏の陽に、オレンジ色に輝いていた。
オッタビアーノ駅界隈には、バール、トラットリア、リストランテと夕食を食べる場所には事欠かない。
僕はいきつけの店に入るとまず、「ビッラ・グランデ」とビールの大ビンを頼む。そして、辞書を片手にメニューを選んだ。
料理はどれ一つとっても”ベーネ・ベーネ”。美味しいったらありはしない。
ただ一度、”ベネチア風なんとか”と、名前につられて注文したら、レバーが山盛り出てきたのには閉口した。それでも、日本ではレバーを口にしない僕が、ローマでは不思議と食べられた。好き嫌いを直したい人は、ローマへ行けばいい。
なかでもトマトのおいしさには驚いた。青臭さは一切なく、甘さが口いっぱいに広がる。ポモドーロは、まさにフルーツトマトだ。これならば、小学生の”残し男”の僕が給食に出されても、残さず食べられたに違いない。
ヨーグルトも味の濃密さが日本のそれとは比べものにならない。近くの市場で果物を買い込んで混ぜて食べる。あと、パンと生ハムがあれば立派な朝食が簡単にでき上がった。
穀物、野菜、肉、乳製品。イタリアは料理の先進国であると同時に、世界有数の農作物生産国であることを僕は知った。
ローマは、僕の第二の故郷。でも、その割に写真の僕は寂しそう。
だって独り暮らしは、本当に寂しかったんだもん。
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