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週刊新潮 十一月二十九日号
「石原良純の楽屋の窓 」
226回
安全第一

 タモリさんが雑誌の編集長役で、僕が記者役。『あしたのハーモニー』は、人と車の優しい関係を提唱するトヨタのコマーシャル。
”コツコツは、チカラなり”が今回のテーマ。トヨタの販売店が三十九年間続けているという、幼稚園への交通安全の絵本配布を、僕は取材に出かけた。
 僕が幼稚園の頃から、自動車メーカーが交通安全のオリジナル絵本を配っていたことにも驚いたが、集合場所のコンビニの駐車場に停まる大きな撮影車両にも驚いた。
 ロケの最初は、幼稚園に絵本を配りに行くトヨタ販売員の小芝さんと僕の車内撮影。その僕らが乗る車が、二両編成の黒いトレーラーのプラットホームに載せられ、ボディを取り囲むようにカメラやライトが林立していたのだ。
 その昔、僕がまだ刑事だった頃、車内シーンの撮影では、運転のできない役者さんがゲストに来ると、吹替えを使ったり、車を停めたまま外が見えないアングルでごまかしたりしたが、出演者は自分で運転するのが当たり前だった。 
 レギュラー刑事の車内撮影は過酷だった。なにしろ、芝居以外にやらなければならないことが沢山ある。
 まず、芝居の途中で車が停まってしまってはNGだから、信号を見計らってうまい具合に車を動かさなければならない。
 一般の通行車両を停めて撮影する場合には、車止めスタッフと呼吸を合わせることが大切だ。演者とスタッフが意思の疎通を欠きグズグズすれば、停められた車のドライバーがイラつきはじめる。クラクションを鳴らすや、スタッフの制止を振り切って路地から飛び出すこともある。
 車止めするスタッフも必死なら、運転する演者も必死だった。
 ボンネットに照明機材が大きな吸盤でくっついた車の前方視界は、おどろくほど狭い。その上まるで太陽のように眩しいライトの向うを見つめ、ハンドルを握らなければならなかった。
 運転席と助手席の二人を横から狙う時は、カメラはドアの外に張り出して据え付けられる。カメラ一台分、五十センチ広がった車幅を意識して運転しないと、カメラを電柱にブチ当てかねない。
 車がスピードに乗ったところで、セリフを同録するために窓を閉めてエアコンを切る。一昔前のライトは今よりずっと熱かった。窓を閉め切った真夏の車内は、蒸し風呂状態。それでも、額に汗を浮かべればメークさんに叱られた。
 音声さんのスタンバイが整ったところで、僕が自分で「カメラ廻した」と一声上げてカメラのスイッチを入れる。カメラからガラガラとフィルムが廻る音が聞こえたなら、お尻の下から急いでカチンコを取り出してカメラに映るようにカチンコを打つ。
 カチンコを座席の下へ放り投げて、ようやく芝居は始まる。
 余人が乗り込めない車内では、演者が制作部、録音部、照明部、撮影部、演出部と何役もこなすのが日常のことだった。
 もちろん、カースタントはプロにお任せ。ただ、人影のない日曜日の埠頭で、テストから本番へ車をスタート位置へ戻すため、何百メートルも直線バックすることがある。僕のバックの運転技術だけは、やたらと上達した。
 あれから二十余年、現在は一段と撮影現場の安全が重視されるようになり、演者が運転しながらカチンコ打つことはなくなった。前輪をレッカーする牽引撮影が主流となり、演者が運転する機会は減った。 
 今回は、僕が乗る車はすっかりプラットホームに載せられて、車内の僕らは楽ちん楽ちん。
 運転も撮影も安全第一。楽しい現場で楽しいコマーシャルができました。

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