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週刊新潮 二月七日号
「石原良純の楽屋の窓 」
235回
ユキ、ユキ、降れ降れ

 子供の僕は、天気予報が翌朝の雪を告げた夜、心ウキウキ床に就いた。
 朝、雪の訪れは布団から出なくても、雨戸の隙間から漏れる光で分かる。
 積もった雪は、防音材の役目を果たして、街からあらゆる音を吸収する。雪の朝は、明るく、静かにやってくる。
 残念ながら現在、僕が住んでいるマンション十三階の寝室では、ベッドの中で雪の気配を感じ取れない。二十三日の朝、僕は眠い目を擦りながらカーテンを開いて、初めて宙を舞う無数の雪片に気がついた。
 雪は勢いよく視界を左から右へ、時には渦を巻きながら下界へ流れ落ちてゆく。家の屋根や公園の木々は白く薄化粧を施され、いつもは身勝手に色とりどりな街の景色が、すっかりモノトーンに変わっていた。
「ユキ、ユキ、降れ降れ、もっと降れ」と八代亜紀さんの「雨の慕情」ばりに、都会に降る雪を無邪気に応援できたのは、いつ頃までだったろうか。
 子供の僕は、雪が雨に変わり、せっかく積もった雪が雨に打たれて消えていくのが口惜しくてならなかった。今の僕は、窓外を眺めながら仕事現場までの道を思い浮かべる。車が滑ってはたまらない、雪が一刻も早く雨へ変わることを願ってしまう。
 しかし、この日の雪に関しては、ちょっと事情が違った。僕は視界に広がる雪景色に、ほっと胸を撫でおろす。なにしろ、このところ雪の予報では、たて続けに痛い目にあっていたから。
 十六日晩から十七日にかけての日本列島は、西高東低の冬型の気圧配置。上空には強い寒気が入り、真冬の晴天が予想されていた。
 十七日は、ゴルフの予定。朝、発熱下着を着込み、寒さ対策万全で家を出た僕は、空を見上げて首を傾げる。薄らと夜が明けた空一面に雲がはりつき、放射冷却のない朝は、予想ほど冷え込んでいなかった。
 明らかに異変を感じたのは、高速道路の幕張付近でのこと。反対車線を走る車の屋根には、雪が載っている。目を凝らせば、車窓に流れる街の家々の屋根も、薄らと雪化粧をしているではないか。
 携帯電話が鳴る。僕の車より先行していたこの日のゴルフのお相手、金子柱憲プロからだ。プロが言うには、成田に近づくにつれ、辺り一面が真っ白な雪景色になっていくそうだ。
 コースに電話で確かめる。
「積雪四センチ。スキーはできますけれども、ゴルフはできませんよ」。キャディーマスターのジョークに笑えるはずもない。
 前夜、眺めた天気図には等圧線の小さなヘコミがあった。弱い気圧の谷に、雲が広がることは考えられた。でも、雪がこんなに降るとは……。
 十六日夜半には、千葉、茨城に雪が積もり、東京都心も、平年より十四日遅い初雪を記録した。
 翌週明けの二十一日は、東海から関東にかけての太平洋側に大雪の予報。当日、名古屋を往復しなければならない僕は、交通機関への影響が気になって、夜中に何度も起きて窓の外の景色を確かめていた。
 果して低気圧は、予想より南の海上を通過した。雪雲は、箱根の山の西には雪を撒き散らしたものの、都心にはひと欠片の雪も降らすことはなかった。
 知らぬ間に初雪は降るわ、大雪予報は空振りするわ、今にも”狼少年”呼ばわりされかねぬところで、二十三日の雪景色にようやく巡り合えたわけだ。
 ならば、せっかくの東京の雪を楽しまぬ手はない。僕は、長男・良将と、長女・舞子の手を引いてマンションの内庭へ飛び出した。
 二年ぶりの東京の積雪はゼロセンチ。それでも僕らは、ウッドデッキの雪を一生懸命に掻き集め、大、中、小、小、家族四人分の雪だるまをこしらえた。

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