週刊新潮 二月二十一日号
「石原良純の楽屋の窓
」
237回
凄いぞ ENEX2008
トイレのドアを開けると、キュ〜イッと音を立てて便器の蓋が開く。最近はあちらこちらで見かけるようになった自動トイレ。
便器の前に佇む僕は、「こっちは小用を足すのだから、便座も一緒に上がってくれればいいのに」といつも不満に思っている。
便器の蓋を閉じておくのも、エコロジー。電気が温めている便座の熱を逃がさず電力消費の軽減になる。
しかし最新の便器は、さらに進化を遂げている。便器の前に立てばセンサーが反応して蓋が開くまでは今までと同じ。
すると同時に、便座の電気回路がスイッチ・オン。僕がベルトのバックルをはずし、ズボンとパンツをずり下げ、百八十度方向転換してお尻が便座にタッチダウンするまでの六秒間に、便座は人肌の心地よい温度に。熱伝導率が飛躍的に向上した回路のために、便座が瞬時に温まるのだ。
もちろん、ウォシュレットの水も、その六秒のうちに温水となるから、まずことの前にお尻を刺激したいという人も大丈夫。秀れもの便器は、待機電力ゼロで、お尻にも、地球にも優しいホカホカトイレライフを約束する。
そんな最新技術が一堂に会したのが、一月三十日から三日間、東京ビッグサイトで開かれた『ENEX2008』。
”地球環境とエネルギーの調和展”が、今年で三十二回を数えるとはあまり知られていない。
僕は東京電力のブースでトークショーに出演するために、今回、初めて会場に足を踏み入れた。
今年のテーマは、”二〇三〇年省エネ型社会を目指して”。
地球温暖化防止対策の大きな柱となる省エネルギー機器や、新エネルギーを取り入れたライフスタイルを提言している。
地球温暖化が語られる時、「百年後には、地球の平均気温が……」などという文言をよく耳にした。実際に、僕もよく使うフレーズだ。この”百年後”という言葉に落とし穴がある。話を聞いた人のうち、百年後に生きている人はまずいない。温暖化の話全体が他人事に思えてくる。
しかし温暖化は、この一分一秒にも確実に進行している。何も異変は百年後に突然降って湧いたように起こるわけではない。去年を振り返っても、記録的暖冬、日本最高気温更新、九月の残暑など、僕らが不安な現実に直面したことは枚挙に遑が無い。
二〇二〇年には北極海から氷が消える。二〇二八年には、温暖化がもう引き返すことができない領域といわれる地球平均気温上昇二度を超える。次々と気候変動シミュレーションの不気味な計算結果が報告されてくる。
最早、百年後などと悠長なことを言っている場合ではない。二〇三〇年といえば、もうすぐ先のこと。四歳と二歳のうちの息子と娘が、ちょうど世に出る頃。
子供達一人ひとりが各々の可能性にチャレンジしてゆく時に、正常な状態で地球を次の世代に手渡すのが、何よりの僕らの責務に違いない。
会場内には、最新技術を駆使した様々なエコ製品が並ぶ。
空気中の熱を利用するヒートポンプ。都市ガス中の水素を利用する燃料電池。太陽光発電のソーラーシステムには耐久性にすぐれ、軽量化された新素材が登場する。振動力発電は、床に敷かれたパネルの上を人が歩くことで電力を得る。JR東日本が駅の通路に敷設した発電床で、電光掲示板や改札の電力を賄う実験がすでに行われている。
技術革新は着実に進んでいる。あとは、僕ら消費者がその技術を有効利用すればいい。地球の未来を悲観することはない。僕はどこかホッとしてビッグサイトをあとにした。
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