週刊新潮
五月一日・八日ゴールデンウィーク特大号
「石原良純の楽屋の窓
」
247回
いつ、どこで、
”イイクニ作ろう鎌倉幕府”ではなくて、幕府の成立は一一八五年。
聖徳太子は、架空の人物。
縄文時代にも、稲作が行われていた。
子供の頃に学校で習った歴史の数々が、今、見直されている。
教科書に載っていた肖像にも間違いがあるようだ。足利尊氏と教わっていた馬に跨がる髭の武将は、側近の高師直。武田信玄像とされていたのも、これまた別人らしい。
でも、僕にとっての尊氏は、十余年前に大河ドラマ『太平記』でご一緒した、真田広之さん。高師直は、柄本明さん。
そして信玄は、『影武者』を途中降板した勝新太郎さんか。映画やテレビの時代劇に登場した役者さんの顔が、僕の頭にはインプットされている。
僕が織田信長と聞いて思い浮かべるのは、高橋英樹さん。大河ドラマ『国盗り物語』は、僕が小学校五年生の時の作品。それでも、松坂慶子さん演じる濃姫と共に燃え盛る本能寺で迎えた最期を、今も鮮明に覚えている。
そんな英樹さんに僕が切腹を命じられたのは、十余年前のこと。出来の悪い兄に代わって織田家を乗っ取ろうと思った織田信行の僕が悪かった。
時代劇スターの証は、『忠臣蔵』の出演歴にあると聞いた。まず、可憐な浅野内匠頭。次に、喜怒哀楽の全てを呑み込んだ大石内蔵助を演じ切る。そして最後に、嫌われ者の吉良上野介。年齢に応じて、三つの大役を演じてこそ、スターの『忠臣蔵』は、完結するのだそうだ。
とはいえ、いつも大きな声で元気な英樹さんの上野介は、まだ先のようだ。
僕の歴史好きは、そんな多くの先輩役者さん達が彩った時代劇のおかげ。そしてもう一つ、歴史は期末テストの点数が取り易かったから。
日々の積み重ねが重要な英語や数学には歯が立たない。その点、試験範囲が決まっている歴史ならば、一夜漬けの丸暗記で点数をゲットできる。
歴史の試験の朝、僕の頭は俄か知識でパンパンに膨れていた。頭を余り揺すらないように気をつけて学校へ。ようやく教室に辿り着いたら試験開始が待ち遠しい。目から耳から、今にも押し込めた知識が噴き出しそうだから。
答案用紙が配られて、試験開始と同時に持てる知識を解答欄に叩き付ける。不思議なのは、試験終了のベルと共に、俄か知識が立ちどころに消えてゆくこと。
僕が唯一、歴史で大敗を喫したのが、高校二年生の日本史の前期期末テスト。配点四十点の穴埋めは完璧。なのに三問の論述問題は全く点数をもらえなかった。
「歴史の解答は、いつ頃、どこで起った事柄なのか、まず明記しなければ」
老歴史教師は、僕の抗議を一笑に付した。以来、歴史を語る時”いつ、どこで”に徹底的にこだわる。
そんな僕が、大いに歴史を語ったのは、『タモリ’SヒストリーX』(フジテレビ系・二十六日夜)でのこと。この番組は、ゲストの僕らが調べてきた歴史の新事実を、タモリさんに向って講釈する知的バラエティーだ。
僕が選んだテーマは、あんぱんの歴史。日本文化と西洋文化のコラボレーション”あんぱん誕生秘話”と明治維新の激動の時代に青雲の志を抱き続けた男たちの物語。
でも、あんぱんの歴史を始める前に、”いつ、どこで”を明示しなければ。
僕はまず、百余年前の江戸の街を想起させる資料を集める。
しかし、残念ながら当時の気象データは存在しない。東京で気象観測が始まったのは、明治八年六月から。フランスからイギリスに帰化したシャーボーが……。
気が付けば、僕はなぜか、気象業務史を調べていた。
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