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週刊新潮 六月五日
「石原良純の楽屋の窓 」
251回
東京湾空中散歩

 横浜ベイブリッジの鉄塔をひと跨ぎ、上空三百メートルのヘリコプターから見下ろす首都高速湾岸線・大黒ジャンクション。その風景は、絡み合う大蛇の群のようにも見えた。
 世界的に名高い航空写真家ヤン・アルテュベルトランは、五年に亘り六十カ国以上を巡り、上空からの景色をファインダーに収めた。
 彼の被写体は、火山や山脈、大氷河。世界遺産に大都会の摩天楼。幾何学模様で広がる住宅地。
 水辺で洗濯する人波に全裸でバカンスを楽しむカップル。大自然から人々の営みまで多岐に亘る。
 地表に何が現れ、何が消滅したのか。劇的に様変わりしてゆく地球の表情は、地球の素晴らしさを改めて僕らに伝える。
 驚異の絶景ミステリー『空から見た地球』(テレビ朝日系・三十一日夜)は、彼の写真を発端に高画質カメラで捉えた空撮映像で地球の今を伝える環境ドキュメンタリー番組。
 僕が旅したのは、僕にとっては身近な東京湾。そのスタートが、冒頭の大黒埠頭の不思議な景色だった。
 湾岸高速に沿って北へ向うと扇島。京浜工業地帯のド真ん中の巨大工場群が赤味を帯びているのは、鉄鉱石の塵のせいなのだろうか。
 その先は、羽田空港の管制域に入るから、ヘリは一旦、水辺を離れなければならない。上空に進入できないのは、空港、自衛隊や米軍の基地。そして、皇居。もう一つ”子供の夢を壊さぬように”とディズニーランド上空もヘリは遠慮する。
 ヘリの巡航高度は、三百から五百メートル。しかし、高い建造物があると、建物の半径六百メートル以内では、天辺から更に三百メートル高度を上げなければならない。だからヘリは、東京タワーや六本木ヒルズには近寄らない。
 旅客機の高度一万メートル上空から下界を眺めると、自分の飛行機の位置を特定できるのが僕の特技。高度三百メートルならば、有視界飛行には自信がある。多摩川をガス橋上空で渡ったが、もう一つ上流の丸子橋を渡りたかった。そこならば我が家がはっきり見えるから。
 でも僕は、左に旋回しろなんてパイロットに頼んだりはしない。ヘリのチャーター料金は、一時間約四十万円。僕の一言でコースが膨らんで五分間余計に飛べば三、四万のロスとなる。
 東京のウォーターフロント上空を飛ぶと、なるほど江戸の街が水の都だったことが頷ける。大小の河川が流れ、それらを左右に繋ぐ運河が幾重にも掘られているのがよく分かる。
 波静かな東京湾に流れ込む河川は、河口に広大な干潟を形成する。今やそのほとんどが埋め立てられ、工業地帯や住宅地やアミューズメント施設に変貌を遂げている。それでも水辺に沿って飛べば、工場や住宅地とすぐ隣り合う昔と変わらぬ姿の干潟に出会う。
 フライト当日は大潮だったこともあり、大きな干潟が顔をのぞかせる。時間が経つと肥沃な大地は海の中へ消えてゆく。僕は、まさに生きている東京湾を目のあたりにした。
 富津岬から浦賀水道を渡る。浦賀水道は、言わずと知れた東京湾と太平洋を結ぶ大動脈。まるで島のような何万トン、何十万トンという巨大船がゆっくり進んでいる。
 ヘリの足元でじっとしている大きな影は、船ならぬ第二海堡。その昔、西部警察署大門軍団の刑事だった僕は、この島で銃撃戦に巻き込まれた。ピンチを救ってくれたのは、ヘリに乗って現れた大門団長・渡哲也さんだった。爆音に気づいて天を仰ぎ、眺めたその勇姿を、僕は今もはっきり覚えている。
 三浦半島では懐かしい景色を上空から幾つも眺め、無事フライトは終了した。
 それにしても、港の見える丘公園は、海から遠くなってしまったなあ。

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