新潮
TOP
NOW
PROFILE
WORK
MEMORY
JOURNEY
SHINCHO
WEATER
CONTACT

 

 

 

 

 



週刊新潮 六月十二日
「石原良純の楽屋の窓 」
252回
火星人現わる

 日本時間で五月二六日の朝、NASAの無人探査機『フェニックス』が、六億八千万キロの旅を終え火星着陸に成功した。
 着陸した障害物が少ない平原地帯は、地球ではグリーンランドかアラスカ北部にあたり、地表近くには氷が存在する。ただし、氷といっても二酸化炭素が凍結したドライアイスがほとんど。
 『フェニックス』は、今後三カ月に亘って、地面を最深で五〇センチ掘って水や有機物を探し、生命存在の可能性を探る。
 気象学の教科書の第一章は、”太陽系のなかの地球”だったことを思い出す。
 地球の大気中に起る現象は、おおよそ太陽と関係して引き起こされる。
 まず、気象学の最初の一歩は、太陽を知ること。そして、地球と他の惑星を比べることから始まった。
 太陽系の惑星は、地球型と木星型に分けられる。地球型は、木星型に比べ、大きさも質量も小さく、太陽に近い。
 地球型は、水星、金星、地球、火星。大気組成を比較してみると、なんらかの生命が存在する可能性があると思われるのが、まず火星だ。
 火星の公転周期は、六八七日。地球よりもかなりゆっくりと季節が巡る。自転周期は、二四時間三七分二三秒だから、火星と地球の一日は、ほぼ同じだ。
 太陽から火星までは、地球の約一・五倍離れている。気圧は、地球の一気圧・一〇一三hPaに対して、火星は、七hPa。地球の一四五分の一の薄さ。従って、平均気温は、地球が一五℃なのに比べ、マイナス五五℃とぐっと下がる。
 火星の夏の一日は、日中は最高気温二七℃なのに、夜はマイナス一三三℃まで下がり、火星の自然は地球より格段に過酷だ。
 火星の空は、大気の層が薄いから赤い空。長く大気の層を通り抜ける夕焼けは、白色の太陽光が散乱して青く見える。
 酸化鉄の赤茶けた大地の火星には、エベレストの三倍もの高さがあるオリンポス火山が存在し、そこから四千キロに亘って連なる山脈・タルシス三山がある。
 天体望遠鏡で魅惑的に輝く赤い星を眺めれば、星に深く刻まれた渓谷をはっきりと識別できる。
 幾何学模様にも思えるその谷は、今は、マリナー谷と呼ばれている。かつて、イタリアの天文学者スキャパレリは、その谷を「火星を縦横に走る運河」と発表した。運河の存在する星には、生命体が存在するはずだ。火星人の存在を印象づける騒ぎとなった。
 しかし、これは間違い。カナリ〔水路〕が、カナル〔運河〕と誤訳されただけのこと。
 それでも、SF作家H”G”ウェルズの『宇宙戦争』に代表されるように、火星人はもっとも身近な地球外生命体だ。『FNNスーパーニュース』のお天気コーナーで、『フェニックス』の着陸と火星の自然を紹介した僕は、探索の最後に出会えるかもしれない火星人の姿を勝手に想像した。
 画面に現れた、タコのようなぱっと見は、斬新さに欠けるかもしれない。だが、重力が地球の三七・八パーセントの火星では太い足は必要ない。過酷な自然の中で生き延びるには、それなりの知恵が必要だから頭は大きくなる。寒さ対策に長い体毛は必要だろうし、薄い大気の中で紫外線から目を守るためにまゆ毛も濃くなる。それなりに考えた結果なのだ。
 でも、僕が提示した火星人像に、傍らの安藤優子女史は呆れ顔。
「だいたい、NASAが本当に火星に行ったのだって怪しいわ」
 えっ、NASAをいきなり全否定ですか。火星ですよ、火星。
 赤茶けた大地では、どんな風に吹かれるのか想像するだけでも楽しいじゃないですか。

<<前号 次号>>
 

<<前号 | 次号>>
 
ページのトップへ