週刊新潮 六月十九日
「石原良純の楽屋の窓
」
253回
あ〜あっ、梅雨入り
麻雀で言うところの”カンチャンずっぽし”の晴天に恵まれたのが、『いい旅・夢気分』(テレビ東京系・水曜夜)の江の島、鎌倉ロケ。ロケ前後の十日間で、青空が顔を覗かせたのは、二日間のロケ日だけだったのだから。
五月末は、”梅雨の走り”を思わせるぐずついた天気が続いた。折角の週末、子供と遊ぼうと思った僕は、公園へ出かけることもできず、小雨に濡れる雪ケ谷大怩フ東急池上線の車庫に電車見学に行くハメになった。
帰りに実家へ家族四人で押しかけると、「今日は一日ゆっくりすると決めていた」という親父に煙たがられる。普通、子が孫を連れてやって来たら手放しで歓迎してくれるだろうに。
ところが、ロケ一日目の六月一日の日曜日はドピーカン。初夏の眩しい陽の光に輝く湘南の街に、爽やかな風が吹き抜けていた。日なたに出れば、肌さす日差しを感じる。日陰に入れば、涼しい風が体を優しく包み冷やしてくれる。一年三百六十五日で、最も気持良い日だったに違いない。
この季節の何よりの楽しみは、日向ぼっこだ。湿り気のない空気の中で日光を浴びても、汗で体がベトつくことはない。そして、いざ梅雨が明け夏を迎えた時、黒い肌にひとり夏を先取りした優越感を得られる。
ところが最近は、男女を問わずに美白ブームだ。なにより大切なのは、肌を白く綺麗に保つこと。シミやソバカスの元となる日焼けは忌み嫌われ、街行く女性は日傘はもちろん、溶接工のようなシェード付きの帽子を被り、マリー・アントワネットのように肘まで伸びる長い手袋をしている。
今年のゴールデンウィークのある日、逗子の家に出かけると庭にボンボンベッドを広げて日光浴する親父の姿があった。
皮膚科の医者でもあるウチの奥さんは、「昭和の景色だ」と心底、呆れる。皮膚科医の目から見れば、日焼けは百害あって一利なしに違いない。
もちろん気象予報士の僕だって、オゾン層の破壊によって人体に有害な紫外線の照射量が増えていると充分承知している。
それでも、海岸に遊びに出かける子供の顔や腕にベッタリと日焼け止めクリームを塗るのは、僕には解せない。僕らが子供の頃は、サンオイルを塗るのがオシャレというものだった。
”クッキーフェイス”は、夏目雅子さん。”ナツコの夏”は、小野みゆきさん。誰もがこんがり小麦色の肌が大好きだったはずだ。昭和気質といわれても、僕はやっぱり日焼けが好きだ。
教室の窓側の席にいた高校生の僕は、授業も耳に入らず、初夏の光に満ちた校庭の景色をぼんやり眺めていた。
「この週末は部活もないから、海に行こう」と決心する。それが翌日、梅雨入りが発表された空の明るさは、前日の五分の一。気温は一カ月半ほど逆戻り、冷たい北東風が霧吹きのような細かい雨を暗い空から絶え間なく運んでくる。そんな梅雨入りのガッカリした思い出が、誰にでもあるはずだ。
今年の関東地方は、平年より六日早く、六月二日に梅雨入りした。
ところが、ロケ二日目の六月四日は、好運にも梅雨の晴れ間に巡り合う。僕らは大喜びで、湘南の海へ繰り出した。
しかし、同じ晴れでも、三日前とは明らかに空気が変わっている。ビーチフラッグを泳がせる海風は、多量の湿気を含み、薄雲が広がる空から降り注ぐ陽の光で額に汗が滲んだ。
それでも、浜は大賑わい。波静かな海には、無数のサーファーが波を待つ。
「波がなくても、楽しいの」と尋ねる僕に、「海に浸かっているだけで楽しいんですよ」サーファーは笑顔で答える。
なんか僕は恥ずかしくて、ものすごく悔しかった。
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