週刊新潮 七月三日
「石原良純の楽屋の窓
」
255回
僕って、図鉄
仕事帰りの僕は、東武鬼怒川温泉駅で、一本早い特急に乗れることに気がついた。四十分出発が早い上に『スペーシアきぬがわ六号』は新宿行き。家に帰るに不便な東武浅草駅まで行かずにすむ。ちょっと出発時間まで慌ただしいが乗車変更しない手はない。
東武鉄道とJRが栗橋付近で特急の相互乗り入れを始めたのは二年前。僕も一度は乗ってみたいと思っていた路線だ。
鬼怒川と浅草を結ぶ東武特急は『きぬ』。JR線に乗り入れ、新宿行きとなれば『スペーシアきぬがわ』と名前が変わる。同じ新宿行きでも、JRの車両で運行される列車は『特急きぬがわ』。
鬼怒川温泉駅発の特急は、三種あることを知った。
東武鉄道の『特急スペーシア』の六号車は四人掛けの個室が六つある。特急指定券の他に六千円の個室券を買えば、ひとりでも部屋を占有できる。バブル全盛期の面影を残すプチゴージャスな個室は、楽しい旅行をちょっと豪華に演出するにはお薦めだ。
折り返しの鬼怒川温泉駅一番ホームを離れた列車は、鬼怒川の流れを跨ぎながら谷を下って行く。
ゴルフ場銀座として名高い鹿沼あたりで関東平野の北端に出る。そこから少し進めば、JRとの合流地点に差しかかる。
その昔、時に東武鉄道からJR線を見下ろし、時に東北本線の車内から東武鉄道の鉄橋を見上げ、決してまじわることはなかろうと思っていた二つの鉄路が手を繋いだことに、鉄道ファンの僕は万感の想いがある。
駅や信号で停まることなく、列車はガタゴトと軽く車体を揺らし、あっけなく東武線からJR線に乗り移る。東北新幹線ができる以前、寝台特急『ゆうづる』で青森へ行くにも、特急『ひばり』で仙台へ行くにも、特急『あいづ』で会津若松へ行くにも、走り慣れた線路だ。
そして今や、この線路を走る列車が僕の故郷・神奈川県逗子まで直通運転されている。湘南新宿ラインの運転は画期的な出来事だ。東海道線や横須賀線の電車が都心を通り抜け、東北線や高崎線へと続いている。
今や我が故郷の逗子駅は、関東地方を走るJR線の一大ターミナルといっても過言ではない。逗子始発の電車が、内房線を通って君津まで、外房線を通って上総一ノ宮まで、総武本線を通って成田空港まで、東北線を通って宇都宮まで走っている。
いわゆる鉄道オタク、鉄ちゃんは、各々の興味の持ちようで数多くの種類に分別されるという。
乗り鉄は、JR線の全国制覇を目指し、写鉄は、列車をカメラのファインダーで追う。ひたすら駅弁を食べ続ける弁鉄もいれば、発車ベルを収集する音鉄なんて人もいるそうだ。
となれば、頭に地図を思い浮かべ、電車が走っていろいろな街へネットワークを広げていくのを楽しむ僕は、路線図ファン、図鉄といったところか。
図鉄の僕にもってこいの出演依頼は、『タモリのジャポニカロゴス』(フジテレビ系・火曜夜)。
日本語にまつわる様々な事柄を研究するこの番組が、今回、取り上げたのは、”電車で語!SP”。
放送日の七月一日は、明治二十二年に東海道本線が全通。それを記念しての企画なのだそうだ。
当時は最速で新橋、神戸間の所要時間二十時間五分。それが今や『のぞみ』に乗れば三時間もかからない。日々進歩を続ける日本の鉄道事情が明かされる。
僕が『スペーシア』で新宿駅に降り立った六月十四日も、ちょうど地下鉄副都心線の開業日。
せっかくだから、副都心線も初体験してみるか。
でも、JRを使えば渋谷まで乗り越してもタダ。図鉄は、しっかり者なのです。
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