週刊新潮 八月七日
「石原良純の楽屋の窓
」
260回
求む。妖怪・雨女
風通し自慢の十三階の自宅マンション。でも真夏の夜、南北の窓を開け放してもカーテンはピクリとも動かない。肌に感じるのは、アスファルトに覆われたヒートアイランドの街並から昇って来る熱気だけだ。
Tシャツの襟ぐりに染み出した汗が気になって、ベッドの上をゴロリ転がる。反対端に移っても、敷布は人肌以上に温まっている。
浅い眠りを幾度か繰り返せば、夏の短い夜は呆気なく明ける。近くの公園でがなり始めたセミの声に辛抱たまらず薄目を開ける。窓越しに眺めた白く霞んだ空に、僕はその日の暑さを確信する。
「暑い」「暑い」と幾ら呻いても涼しくなるわけではない。ならばプールに行って、日焼けして、ビール飲んで、夏の暑さを楽しんでやる。
野外でロケする僕らにとって、晴天は有難いに決まっている。
テレビや映画の世界には、どんなに晴天続きでも、ここ一番の大事なロケ日となると雨を引き寄せる”雨男”や”雨女”が存在する。
また一方で、「私が来れば梅雨どきだって晴れにしてみせる」という”晴れ男””晴れ女”もいる。
僕の知る最も強力な”雨男”と言えば、故・石原裕次郎叔父に違いない。生前、大事な撮影日に限って大荒れの天気となった話は枚挙に遑が無い。
亡くなった後も雨伝説は脈々と続いている。叔父が亡くなった一九八七年七月十七日は、関東甲信地方で梅雨明けが発表になった。ところが、翌日から葬儀、告別式が終わるまで雨が降り続き、後にこの年の梅雨明けは、七月二十三日に訂正された。
叔父の法要は、鶴見の總持寺で営まれる。何万ものファンの方に足を運んで頂いた一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌という節目の年には、必ず雨が降った。
その雨も、地面を叩きつける雨粒が街を白く煙らせるほどの大雨。本堂に座り読経を待つ僕らは、その雨音に叔父が寺にやって来た事を確信するのだが、焼香を待つ大勢の方がずぶ濡れになるのは気の毒でならない。
でも、裕次郎ファンはそんな大雨の伝説も御存知で、頬を打つ雨粒に裕次郎を感じてくださっているのかもしれない。
今年の祥月命日、七月十七日は雨が降らなかったが、来年は二十三回忌。きっと大雨になるに違いない。
『FNNスーパーニュース』のキャスター陣にも聞いてみた。
安藤優子さんは、”晴れ女”を自任する。雨降りに取材ロケに出ても現場に着く頃には陽が射し出すという。ただ残念なのは、仕事に関しては”晴れ女”でも、遊びとなると”雨女”。この夏も、楽しみにしていたパーティーが雷雨でだいなしになったとか。
木村太郎さんは”雨男”。確かに、太郎さんが取材に出かけた洞爺湖は、サミット期間中ずっと天気が悪かった。でも、奥様が”晴れ女”なので一緒に出かけるとパートナーのパワーが上回り晴れるのだそうだ。
須田哲夫アナウンサーは、”晴れ男”。取材に出てもゴルフに行っても真っ黒に日焼けしてしまうのが悩みの種とか。
スポーツキャスターの永島昭浩さんも、やはり”晴れ男”。ゴルフの日程などは絶対の自信があると言う。
”雨女”なのは、長野翼アナウンサー。取材中に大雨でカメラが壊れたことがあり、以来、長野さんが取材に出る時には、スタッフは必ず雨よけカバーを用意するようになった。
ちなみに、”雨女”で検索してみると”妖怪”雨女”を見つけた。雨の日に現れる妖怪は、神様に近い神聖な存在とか。雨は有難いものであるということなのだろう。
あっ、翼さん。もちろん、翼さんのことではないから。
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