週刊新潮 八月二十八日
「石原良純の楽屋の窓
」
262回
ラジオ体操の夏
♪新しい朝が来た 希望の朝だ♪
朝六時三十分、僕は今日も『夏期巡回ラジオ体操』の放送を、眠い目を擦りながら公園の広場で聴く。
でも、僕は誰を責めることもできない。なにしろラジオ体操に参加しようと言い出したのは、他ならぬ僕なのだから。
子供の頃の僕は、ラジオ体操の経験は皆無。遠距離通学の私立小学校に通っていた僕は、地域と不密着な暮らしだった。
そんな僕の目には、公園のジョギングコースから見たラジオ体操の集団は、とても新鮮に映った。
この夏は、長男・良将も幼稚園の年中さん。お遊戯だって見よう見まねで手足を動かすようになった。僕らもラジオ体操に参加することを決めた。
『サザエさん』でカツオが首から下げていた出欠カード。僕は初めてカードを手にして、夏のラジオ体操のスポンサーが、郵政民営化した『かんぽ生命』であることを知った。
良将は、いたって生真面目な性格だ。朝五時半になると、「ラジオ体操に行こう」と僕を起こしに来る。
妻は、「貴方がやり始めたことでしょ」と、至って冷淡だ。前夜のうちに着替えとバナナは用意してくれるものの、寝床から起き出す気配はない。
こうなれば、僕にも意地がある。一つでも多くスタンプを集めてやろう。良将が寝坊した朝は、僕が叩き起こす。
朝が早ければ、おのずと就寝時間も早くなる。せめて一日のニュースをチェックしようと思っても、報道ステーションの古舘伊知郎さんの顔も満足に拝めぬうちに眠りに落ちてしまう。早寝早起きがすっかり身についた僕は、小学生時代より規則正しく夏休みを暮らしている。
ただ、ここで一つ計算違いが起こった。妻と同様に低血圧で、到底、早起きできぬだろうと思っていた長女・舞子が、「一緒に行きたい」と言い出したこと。
良将と僕が、毎朝ふたりで楽しそうに出かけていくのが羨ましくもあり、悔しくもあったに違いない。「私を置いていかないで」とばかりに布団で大きく伸びをすると、目をパチリと開く。舞子は、とても負けず嫌いな性格だ。
もちろん、舞子もラジオ体操に参加するのは結構なこと。ただ、良将ひとりならば尻を引っ叩いて会場へ走らせるが、三歳の舞子を一キロ先の会場まで歩かせるのは骨が折れる。
せっかく早起きしたのに遅刻するのは我慢ならない。それでも、奴らときたら、ダンゴ虫を見つけては足を止め、黄金虫を見つけては座り込む。確かにジョギングコース上の虫が、踏み潰されてしまっては可哀想。植え込みに逃がしてあげるのは正しいが、時間は守ってもらいたい。
それに、ミミズを触った手で僕に手を繋いでくるのも困りもの。手を振り解く訳にはいかないし。
最後は大声で怒鳴ると、良将は脱兎のごとく走り出す。あいつは本来、ジョギングコース一周が朝のノルマなのだから、余力を残しているに決まっている。
その後ろから、舞子がお兄ちゃんを追いこす勢いで駆けてくる。と思ったら、パタリと倒れた。泣き出す前に抱き起こさねば、体操には間に合わない。
や
正しい姿勢で足踏みしながら、周りの人が笑うほど大きな声で熱唱する良将。ふと見れば、首に懸かっているはずのカードがない。
ネコジャラシのところか、ミミズのところか、どこへ置いてきたのだろうか。体操が終わるまでに、僕はカードを探してこなければならない。
僕は、もと来た道へ走り出す。
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