週刊新潮 十月九日
「石原良純の楽屋の窓
」
268回
66パーミル
JR線、阪急線、京阪線が走る京都府八幡市一帯は、京阪神を結ぶ交通の要衝だ。淀川の流れのほとり、市内の樟葉地区は、古くから遊廓が並び色街として栄えたという。
明け方からの雨も上がったロケ日和。
格子戸の街並に当時の艶かしさを留める一画を抜け、山の緩やかな斜面に広がる閑静な住宅地へと向った。ごく普通のベッドタウン。
ところが、T字路を右に折れたところで、僕は驚きに足を止めた。
『ナニコレ珍百景』(テレビ朝日・水曜夜)では、視聴者から投稿された、街で見かけたら思わず「何これ」と口にしてしまいそうな景色を、スタジオの僕らが審査をして、”珍百景”に認定する。
三時間スペシャルの今回は、そんな不思議な景色を審査員の僕らが、実際にこの目で確かめるため現場に飛んだ。
僕が目にしたのは、家の庭先に駐めてある車の間を縫って姿を現した、色とりどり、鮮やかな四両編成の列車。
ブルルと唸る列車の動力音は芝刈り機のようだが、カタンカタンと車輪は線路に音を刻んでいる。ガチャと連結機が軋んで、列車は僕の前で止まった。
列車を運転していたのは、この鉄道の所有者であり製作者でもある中野昇さん。
中野さんは、家の新築と同時にこの軽便鉄道を作り始めた。京阪電鉄に勤務のかたわら、休日の全てを製作に費やして、二年間で完成させたという。
四両の車両のうち、まず緑と黄色の江ノ電カラーの客車を造ったという。大人も乗れる客車を造ったら、その客車を機関車で引っぱってみたくなるのが人情だ。中野さんは、次に機関車の製作に取りかかった。
機関車の動力源は、小型のジェネレーター。モーターは、廃品を工場からもらい受けた。ボンネットを開けてジェネを廻し、スイッチON、スロットルを手前に引けば機関車は、最高時速十キロで走行する。
列車が動いてみると二両編成では寂しいということで、無蓋車と車掌車が造られた。
中野さんがこの軽便鉄道を特定の鉄道や列車を念頭に置いて造ったのではないことは、列車がてんでんバラバラな色に塗られていることからも分かる。
どうやら中野さんは、鉄道ファンが高じて庭先に鉄道を敷いたわけではないようだ。聞けば、「なにしろ工作がしたかった」と、中野さんは笑う。
僕が気になったのは、家をグルリと一周六十メートルとり囲む線路。
軌道幅十五インチのミニ線路自体は、五メートル単位で購入できる。価格はその日の鉄相場で決まるというのにも驚いた。但し、折って曲げるのは、全て手作業。線路を一本敷くのに、休みが一日消えたという。
反時計廻りの鉄道の起点は、庭のポイント。ポイント部分の細工も切って曲げてひとりで仕上げた。
出発するとすぐに、3Rの左カーブとなる。カーブは、全て半径三メートルになっている。ガーデニングの庭から駐車スペースへ、S字カーブをゆっくり下ると道路際が鉄道の最下点。そこから最大の難所である左カーブの66パーミルの登り坂となる。66パーミルとは、水平方向千メートルに六十六メートル昇る急な登り坂だ。
この鉄道の凄い所は、線路に高低差があることだ。高低差があると、線路が濡れたり落葉が載っただけで車輪が滑って列車が進まない。遊園地や公園に敷設されているミニSLに登り坂はありえない。
線路を軋ませ機関車が急坂を登る姿は感動ものだ。総工費五十万円ならば、僕にも造れるか。
でも、庭に鉄道を敷いたら妻に首をしめられるに違いない。
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