週刊新潮 十月十六日
「石原良純の楽屋の窓
」
269回
ハッピー・バースデイ
♪ハッピー、バースデイ、トゥ、ユー♪
”バース”でポロロン、”デイ”でポロロン。”トゥ”までがFで、”ユー”はC7。
おおよそ楽器というものに縁がなかった僕が、生まれて初めてコードを気にしながらウクレレを弾いたのは、九月三十日の親父の誕生日会でのことだ。
福田政権の突然の崩壊は、思わぬ影響を我が家にも及ぼした。
四人兄弟で四年に一度、幹事持ち廻りの親父の誕生日会。今年の幹事の末弟・延啓は、逗子の実家でゆっくりと夕食会という趣向だった。
ところが風雲急を告げるこの御時世に、そんな悠長なことは言ってはいられない。三十日に都内で、孫を省いて、集まれる大人だけで食事することになった。
それでも当然、出席できないと思われていた伸晃兄はやって来た。三男・宏高夫婦を除いて父母と三兄弟夫婦、八人の夕食会は、急拵えにしては上出来だ。
僕が、『FNNスーパーニュース』の天気予報を終えて店へ向えば、七時の開宴に間に合わないのは毎年のこと。僕が座敷に駆けつけると、親父も道に迷ったとかで、ほんの五分前に到着したばかりだった。一時間近く待たされた兄貴が、痺れを切らしていたのも、これまた毎度のことだ。
例年のように、テーブル上を言葉が怒号のように飛び交うこともない。世界金融不安のせいか、忍び寄る総選挙の足音のせいか、宴は、いつになく静かに始まった。
僕が座ったのは、八人卓のちょうど言葉の分水嶺。こっちで親父や兄貴が米下院が否決した金融救済法案の今後を論じれば、僕はアメリカの一国主義を非難する。あっちで女性陣がスーパーの店頭から消えたバターに困惑していれば、僕は地球温暖化と食糧問題の密接な関連性を説く。
新聞やテレビでの知識を駆使して、しゃべった者勝ち。地球の未来や国の将来を憂えているのは、政治家だけではないということを、バシッと見せつけておかないと、石原家の会話の中に僕は埋没してしまう。
シャンパンでの乾杯に始まって、ビール、白ワイン、熱燗、赤ワイン。”ちゃんぽん”こそ酒飲みの王道とばかりに、次々と酒が登場する。でも、皆さんあまり酒が進まない様子だ。
親父も七十代の半ばを越え、体のことを考えて飲まなくて結構。兄貴だって連日のお疲れで、明日も早いというのだから、飲まずに結構。
だからといって、僕が気持良く盃を空けるのを見て「飲み過ぎだ」、「酒ぶとりだ」、「体を壊すぞ」と、僕を心配するのか、非難するのか、罵声を浴びせられても困ってしまう。ついこの間まで、ガバガバと酒を飲んで、「飲め飲め」と、僕に酒を注いで酒の飲み方を教えてくれたのは、この方達なのだから。
幸い皆、深酒することなく料理も仕舞に近づいたところで、バースデーケーキが運ばれて来た。そこで登場したサプライズが、僕のウクレレ。僕がケースからウクレレを取り出すと、皆ポカン。なにしろ、僕がウクレレを始めたのは先週のことなのだ。
NHKの教育番組『趣味悠々』(月曜夜)の十一月からのテーマは、”すぐに弾ける! 楽しいウクレレ”。僕はその生徒としてレッスンを受け始めたばかり。それも、第一回の課題曲が、『ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー』だったものだから、早速、実戦に使わせて頂くことにした。
「何だお前、気でも違ったのか」
「音楽の才能、無いだろ」
「でも、何か楽しそうよ」
皆の評判は様々、それでもウチは、やった者勝ち。
ポロンポロンと、気分はすっかりミュージシャン。僕が一番楽しく誕生会を過ごしたかも。
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