週刊新潮 十月二十三日
「石原良純の楽屋の窓
」
270回
その向こう側
バンザーイ、バンザーイ。南部陽一郎博士、小林誠博士、益川敏英が、ノーベル物理学賞を受賞。授賞の理由は、南部氏が”相対性の自発的破れのしくみの発見”。小林・益川両氏が”CP相対性の破れの起源発見”。
バンザーイ、バンザーイ。下村脩博士が、”緑色蛍光タンパク質GFPの発見と開発”でノーベル化学賞を受賞。
連日の日本人科学者のノーベル賞受賞に、テレビも新聞も大騒ぎだ。
「一つの研究を始めたら、やり遂げること」「目標を高く掲げ、身近なことから着実に向かえ」「自分のやりたいことをやってきた」「ひらめきじゃない、二年間考え続けた」と、四氏が語る研究に明け暮れる日々は、僕ら凡人には、想像がつかない。
先日、ある番組で東大大学院に現役で在籍するという女性タレントが、勉強に集中すると、時間の経つのを忘れてしまう、ある時点を越えると、手にした鉛筆と会話が始まり、軽快に難問を解けたりするのだ、と言っていた。
そんな、いわば”勉強の向こう側”の境地を、受験勉強を体験した人は、意外と多くの割合で体験しているようだ。
でも残念ながら、エスカレーター校に学んだ僕は、そんな機会を得ることはなかった。高校二年の期末テストで、歴史、古文、英語の三課目を暗記しきれずに朝まで机に向かっていたのが、僕の一生に一度の徹夜勉強だ。
学問でなくとも、向こう側の世界は存在しているようだ。
麒麟の田村裕さんは、私小説『ホームレス中学生』のなかで、”ごはん粒の味の向こう側”を語っている。
たまにありつけた白米を大切に大切に噛み続けると、だんだん甘くなくなってゆく。口の中の米粒がすっかり消えて、自分の唾液だけになったと思った最後の最後、口じゅうにパッと米の甘味が弾けるように広がるのだそうだ。
もしかしたら、ノーベル賞の栄誉に輝く研究者の日々は、消えかけたごはん粒の味のスパークを、ずっと楽しむような毎日なのかもしれない。
徹夜勉強はできないわ、白米より酒が好きだわ、僕はせめて科学の秋を楽しもうと、先日、福井県敦賀市にある、高速増殖炉『もんじゅ』を訪ねた。
敦賀の市街地から敦賀半島の複雑なリアス式海岸線を北上する。まず小さな入江の向こうに見えてくるのが美浜原子力発電所。さらに、小さな峠を越えた先が、僕が目指した高速増殖炉研究開発センターだ。
厳重なセキュリティーチェックを受け、ようやく辿り着いた『もんじゅ』は、青い海と緑の山々の風光明媚な景色の中に突然そそり立つ。その容姿は、かすかに恐怖心さえ抱かせるかもしれない。
しかし現在すでに、日本の電力の三四%は原子力で賄われている。そして今後、需要が増え続ける電力事情に対応してくれるのは、原子力発電に外ならない。単純に「原子力は恐い」だの、「嫌い」だの、と言っている場合ではない。原子力発電の現状や効果、安全性を今こそ誰もが一度、科学してみる時代なのでは。
高速増殖炉と既製の軽水炉の違いは、高速で中性子を燃料にぶつけること。すると、沢山の中性子が飛び出して、天然ウラン中、九九%以上を占める燃えにくいウラン238も、プルトニウム239に変えて燃やす。炉を運転することで、消費された燃料以上の燃料を生み出す、つまり増殖するわけだ。
ビャーッと勢い良く飛び出す中性子に、科学者は子供の頃に観た、片腕を伸ばして宙を舞う鉄腕アトムの姿を重ね合わせていたのかもしれない。”原子力の向こう側”は、平和で安全な社会でなければならないのだから。
科学の秋、”向こう側”の世界に思いを馳せよう。
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