週刊新潮 十一月二十七日
「石原良純の楽屋の窓
」
275回
いいつき
長男・良将が、もう五分早くトイレを出て、制服に着替えて、靴を履いてくれたなら、二人でゆっくりと朝の散歩を楽しめるのに。いつも僕は、良将の手を引いて小走りで幼稚園を目指すハメになる。
でも今朝の良将は、小首を傾げて、足を速めない。僕が力を入れて、手を引っぱれば「アイタタタ……」と顔を歪める。聞けば前夜、就寝前のでんぐり返しの特訓で首を捻って、首が廻らないらしい。幼稚園児は体が柔らかいはずなのに、筋を違えるとは。思わず僕が笑い声を上げると、彼は眉間に皺を寄せて、横目でチラリと僕を見た。
なんだ、その目は。体が痛いのは、良将よりも僕の方なのだ。
前日、僕は一年半ぶりのテニスに大ハッスルしてしまった。三セット連続でプレーした上、往年の必殺技フォアクロスの切れに納得がいかなかった僕は、乱打を続ける。最後は、コートマネージャーに、「たまに来て急にやり過ぎ」、と諌められた。
無理の報いは早くもその夜、就寝中に現われた。久しぶりのテニスの動きについていけなかった上半身の筋肉が、プチプチと音を立てて蠢く。石のように硬くなった下半身の筋肉が、ベッドに深く沈み込む。ロクすっぽ眠れやしない。
それでも、父親とは有難いものだ。腰や膝をガタピシさせながら、子の手を引いて幼稚園に送ってあげるのだから。
そんな日に限ってのお仕事は、階段上がり。東京二十三区で一番高い愛宕山の石段上がりイベントに、港区愛宕神社に向った。
十一月十三日が膝の健康を考え、その大切さを実感する”いいひざの日”なのは、いい(11)ひざ(13)の語呂合わせ。”いいひざ団長”の僕と、”ひざ美人”五十人が急な階段を一斉に上がるイベントが催された。僕が団長に選ばれたのは、膝痛の予防、治療に欠かせない医薬品”コンドロイチンZS錠”のCMキャラクターをつとめているからに違いない。
でも僕にとって”団長”といえば、やっぱり大門軍団の渡哲也さん。毎週毎週、廃工場や採石場で銃撃戦を繰り広げていた頃、ピンチになると、必ず渡さんがヘリに乗って現われて助けてくれた。そんな僕も、芸能生活二十余年で、ついに団長に上りつめたわけだ。
”ひざ美人”の皆さんには、後期高齢者の方もおいでだが健脚揃い。斜度約四十度、八十六段の狭くて急な階段を一気に登る。ただし、一人がコケれば将棋倒しはまぬがれない。一段一段、足を踏みしめ、事故のないよう細心の注意を払う。
石段を登りつめた神社のお社は、高層ビルに囲まれて、見下ろされていることを忘れるほど、緑の木々に深く覆われていた。
愛宕神社は、徳川家光公ゆかりの場所。石段を馬で駆け登り山上の梅を手折って献じた武士が家光公に激賞されたことから、石段は出世の道とされている。
参拝後のインタビューで、出世の目標を尋ねられた僕は、”大統領”と答えた。だってオバマ氏だって弱冠四十七歳で、僕は四十六歳。それに、昔から、花形役者には、「待ってました、大統領」、と掛け声がかかると相場は決まっている。
十一月は、語呂合わせだけではなく、本当に過ごしやすい”いいつき”。
降水量は、十月のほぼ半分で、晴れの日の出現率が六十六パーセント。最高気温の平均が十六・七度。お出かけするにも、スポーツするにも、ものを考えるにも、もってこいの正しく”いいつき”なのだ。
食べて、飲んで、遊んで、学んで。いい月を満喫するには、何より健康が一番。首が廻らなかったり、体が動かなかったり、膝が曲がらないのではつまらない。
良将にも、コンドロイチンを飲ませるか。
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