週刊新潮 十二月四日
「石原良純の楽屋の窓
」
276回
晩秋の刺し網漁
ピッ、ピッ、ピッ……。
朝六時半、妻と子供が眠る和室から目覚まし時計の音が聞こえてくる。
電車好きの長男・良将のために義母が買ってくれた東急東横線の新型車両を模した目覚ましは、小粒でいてピリリと辛い。小さな体から高音の電子音を家じゅうに撒き散らす。それでも、子供らが起き出す気配がないのは、日の出が遅くなったからなのだろう。
今年の夏休み、朝のラジオ体操に参加した我が家には、すっかり早起きが根づいた。体操期間が終っても朝六時には良将が大好きな電車図鑑を抱えて廊下をペタペタと音を立てながら僕の部屋へやって来る。遅れること二分、お兄ちゃんが寝床を抜け出したことを察知した長女・舞子が、お気に入りのタオル大、小と、なぜか防災頭巾を一抱えにしてブランケットをズルズル引きずりながら到着する。
「必死に止めたけれど、行ってしまった」とは妻の弁。二人が両脇から消えた朝のひとときが、妻にとっての安眠タイムのようだ。
一方、セミダブルのベッドに三人で並んだ僕に朝を微睡む余裕はない。
眉間に皺を寄せ、難しい顔をして図鑑を覗き込む良将が、「これ何線」と指を差す。昨日の朝と同じ水色の電車は、良将が一番好きな京浜東北線に決まっている。それより急にこちらを向くから、手にした図鑑の角が僕の顔に当って痛かった。
窓側の枕を占領した舞子は、大人しく、ちんまりと丸く布団に体を埋める。でも、可愛いから頬っぺにチュッしたのに、「パパ止めてよ」と大声上げることはないだろう。
幸か不幸か、冬至に向って夜の時間が延びると、朝のそんな景色が消えてゆく。子供の体は野性に近い。夜は眠る、冬は冬眠する、と相場が決まっているようだ。
遠くで鳴る電子音さえ家族の誰よりも早くキャッチする寝起きナンバーワンの僕が、ベッドを離れられないのは、朝の冷え込みのせいだ。
羽毛布団を二枚重ねして寝るが、朝には上下の布団のどちらかが必ずベッドから滑り落ちている。未明は布団が落ちる、引き上げるの繰り返し。そのせいか、僕はこのところ、漁網を揚げる夢をよく見る。
先日、僕は本物の刺し網を引き揚げた。僕がナビゲーターを務める名古屋の情報番組『発見!わくわく MY TOWN』(東海テレビ・土曜夕方)で出かけた知多半島の突端、その沖にある篠島でのことだ。
当日は早朝から、強風に小雨交じりの悪条件。漁師さんの小舟に同乗させてもらっても、まるでやる気が湧いてこない。白波が立つ沖合を眺めれば、一段とやる気を失っていく。
岸壁を離れた舟は、あっけなく防波堤を出たところで停まった。漁師のおじさんがギャフで波間に浮かぶブイを手繰り寄せる。海底に仕掛けられた刺し網が早くも姿を現した。
「こんなところで」と僕が高を括っていたのが大間違い。網を引くほどに、次から次へと獲物が揚がってきたではないか。クロダイ、マダイ、カレイ、カワハギ、タコ、イカ、サザエ、伊勢エビ、ホラ貝……。伊勢湾の海の恵みに僕もスタッフも大喝采を送った。
大漁、大漁。生け簀を泳ぐ魚達を眺めれば、寒さもふっ飛ぶ。
朝の暗さ寒さに負けず、ちゃんと早起きしてロケに臨めば、天は我を見捨てぬということだ。
だから僕は、薄暗い朝にも、勇気を振り絞ってベッドから飛び起きる。
居間に走ってラジオのスイッチ・オン。チューニングは、AM五九四キロヘルツ・NHK第一放送に合わせてある。
♪新しい朝が来た…♪
ほら、ラジオ体操の歌に間に合った。
お〜い、良将、舞子、朝だぞーっ!
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