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週刊新潮 十二月十一日
「石原良純の楽屋の窓 」
277回
愛と勇気

「あなたの子育てのモットーは何ですか」
 僕は、番組収録の事前アンケートを目の前に、「ウム」と腕組みしてしまう。
”元気な子に””素直な子に””世の中に役立つ子に”。いろいろな言葉が頭に浮かんでくるが、どれもしっくりこない。
 考えあぐねた僕は、台所で洗い物をしている妻に尋ねてみた。するとオウム返しに返って来た明快な答えに驚いた。
「まず、子供を愛してあげることよ」
 子供を愛していれば、子供と一緒にいたくなるに決まっている。でも、親子の時間を僕らは、日々の暮らしのなかで、そう持てるものではない。その限られた時間のなかで、時には「愛しているよ」と言葉をかけ、時には無言でギュッと抱きしめてあげる。子供に絶え間なく愛情を注いでいれば、おのずと子供は元気に、素直に、世の中に役立つ子に育ってくれるかもしれない。
 先日、僕は番組で、ある父親にインタビューする機会を得た。
 その父親は、イジメに遭った小学校高学年の息子を守るために、息子を周囲と対決させるのではなく、周囲との関係を途絶させる解決法を選んだ。
 それでもイジメはエスカレートする。中学時代には水泳学校で海に沈められ、溺れさせられかけた。その時父親は、イジメの当事者、その親、学校とやり合ったが、息子には周囲との関係を、一層、遠ざけさせた。
 いつもひとりぼっちの少年。息子に友達がいないのならば、自分が何でも話せる友達になってやろう。父親が目指したのは友達のような親子関係だったという。
 居住地から遠い高校に進学するとイジメは収まった。だが、少年には友達はできない。ひとりっきりの時間を埋めるかのように没頭したのが受験勉強だった。
 ところが、希望した大学への進学が叶わなくなった時に、悲劇が起こった。
 進学を諦め、就職も思うように決まらぬ少年。そんなある日、少年は父親の些細な一言から唯一の友達である父親にも見放されたと絶望する。そして、駅のホームから見ず知らずの人を突き落として殺してしまったのだ。
 ただ刑務所へ行きたかったという、甚だ身勝手な少年の思い。
”加害者の父”となってしまった父親は、それでもメディアのカメラの前に立った。自分が事件に至るまでの少年との親子関係を語ることで、このような事件が再び起こることを防げるかもしれないとの思いからだという。
 約二時間の息詰まるインタビュー。最後に僕の脳裡に浮かんだのは、子を持つ親として「いつ、自分もこの父親の立場になるか分からない」という想い……。いや、ちょっと待て。そんな言葉でこのインタビューを総括していい訳はない。
 事件に関する街頭インタビューでも、なんと六十三パーセントの親が「もしかしたら」と答えている。
 自分の子供を信じ切れない。自分と子供の親子関係、子育てに自信が持てない。僕を含めて、今の世の親はいつからこうも自信を失ってしまったのだろう。
 友達関係を目指した親子には、会話がなかったという。事件後、そんな息子から父親宛に生まれて初めて自分の心情を吐露した二十一通の手紙が届いた。
 その中で少年が、「自分は中学の時に、勇気を置き忘れた」と書いた一節が僕には印象的だった。
 勇気を置き忘れたのは少年だけなのだろうか。少年を社会へ押し戻す勇気。一見平穏に見える生活をブチ壊す勇気。そんな勇気を父親も無くしていたのではないだろうか。
 勇気を持てば、子育てにも自分にも自信が湧いてくるはずだ。僕は、子育てのモットーを”愛と勇気”と決めた。

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