週刊新潮 一月二十二日号
「石原良純の楽屋の窓
」
282回
アンポンタン
子供の取るに足らない失敗を大きな声で叱りつける。僕は、そんな妻の気持が、一週間の正月休みで理解できた。
朝、「トイレへ行け」と命じても、子供らは言うことを聞きやしない。長男・良将と長女・舞子が同時に寝床から飛び出して、トイレの入口で押し合い圧し合い、どちらかが柱の角に頭をぶつけて泣き声を上げることになる。
「着替えろ」と言えば、舞子はチョコンと僕の膝の上に座る。コロコロと体を揺すり、「パパ手伝って」と甘える仕草は、三歳にして女子そのものだ。
それを見て嫉妬した良将が、負けじと舞子の上から僕の膝へ乗りかかる。
「幼稚園の年中さんは、自分で着替えろ」と、舞子から良将を引っ剥がす。
すると彼はモゾモゾと手を動かすが、なかなかパジャマのボタンがはずせないでいる。
膝の上の舞子は、僕がボタンに手を掛けても体をコロコロ動かし続けるから、作業が捗りやしない。
布団の片付けでも、上手く三つに布団を畳めず、ああだ、こうだと二人で言い争う。見かねて僕が手を貸そうとすると、「僕たちがやる」と今度は二人結束して手を払い退ける。
片付けに飽きると、「食事だ」とリビングへ駆け出す二人。途端にパタリと舞子が転ぶ。「ヘヘへ」とバツの悪そうな顔。
「顔を洗ってから」と妻に言われた二人が戻ってくる。今度はパタリと良将が転ぶ。彼は、ムッと起き上がる。
なんで子供は、あんなに転ぶのだろうか。見ている方が疲れてしまう。
納豆、しらす掛け御飯は、三百六十五日変わらぬ良将の朝食メニュー。何も考えず御飯にトッピングするものだから、必ず納豆が糸を引きながらテーブルへ零れ落ちる。
舞子は、ハム、ベーコン、漬物、梅干、何でも大人の食べているものを欲しがる。そのくせ、自分の御飯が一向に減らないから、いつもテーブルに居残りとなる。
ちょっと目を離せば、瞬く間にプラレール、積み木、おままごと、縫いぐるみ、絵本、お絵描きセット……がリビングの床を埋めつくす。そして最後は、自分たちが撒き散らしたおもちゃに転んで泣く、と相場は決まっている。
コロン転がる我が子の姿を見て、「何を安本丹なことやっているんだよ」と思わず僕が言葉を漏らす。
すると良将が突然、泣き止んだ。突っ伏していた彼はヒョコリと立ち上がると、「アンポンタンで爆発だ!」と大声で僕に戯けてみせた。
おかしさ半分、腹立たしさ半分。本当に疲れる。
でも、この正月休みに一番疲れたのは、北海道スキー旅行が中止になったこと。中耳炎になってしまった舞子を飛行機に乗せるわけにはいかなかった。
僕は慌てて次善策に奔走し、伊豆の温泉旅行を手配した。地理、鉄道、旅行に詳しい芸能界一のJTB男たる僕の所以だ。
大晦日の宿は、中伊豆・吉奈温泉『東府屋』、元旦は東伊豆・稲取温泉『浜の湯』。電車の指定券は取れないが、新幹線と在来線を組み合わせれば、苦のない行程だ。
もちろん、アミューズメントプランも怠りない。一日目は、修善寺の『虹の郷』で、ミニSLに乗車。二日目は、下田の『海中水族館』で、イルカとペンギン観賞。三日目は、小田原城を見学した。
そこで、子供らは、またまた為出かしてくれた。大晦日の晩、良将は、湯あたりしてグロッキー。舞子は、初めて食べたトロロで口のまわりを大きく腫らした。
でも、本当に一番アンポンタンだったのは僕だろう。帰りの電車で風邪を拾った僕は、仕事初めの一週間、皆さんに迷惑をかけ通し。
ゲホ、ゲホ、ゲホ。面目ない。
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