週刊新潮 一月二十九日号
「石原良純の楽屋の窓
」
283回
電車クイズ
私事ではありますが、去る一月十五日は僕の誕生日でした。
今年はプレゼントの当たり年。バラの花束、頂きました。ワイン、頂きました。セーター、頂きました。
そんなプレゼントの中でも嬉しかったのは、初めてもらった子供からの誕生日プレゼント。
三歳の舞子からの絵には、”まいこ”とサイン付き。彼女は壁に貼ってある五十音表をしっかとみつめ、紙に文字を刻んでくれた。サインの下には、「。」の位置が左右反対だけれど”パパ”と書かれている。
ちょっと残念なのは、色鉛筆で描かれた二本の親子チューリップが、ママと舞子だということ。三歳児は、まだまだ配慮が足りない。僕も描いて欲しかった。
これが、もう少し娘が大きくなると、「お父さんを描いたわよ」なんて言うのだろう。すると僕は、デレデレ顔でクリスマスでもないのに、リカちゃん人形を買ってあげるに違いない。
長男・良将からは、”パパおめでとうございます”のメッセージ。たとえ十二文字でも、立派な手紙だ。
そもそも、この誕生日プレゼントは、幼稚園の年中さんになっても一向に文字に興味を示さない良将に、字を覚えさせようとしたことに始まる。
それは正月休みに年賀状を仕分けしていた時のこと。幼稚園の担任の先生から、良将宛に届いた年賀状。そこには、園児でも読めるように、平仮名でメッセージが書かれていた。
黒いボールペンで四段に書かれた文字を眺めた良将。たった一言、「ダメだこりゃ」と言うと、年賀状を放り出して向うへ行ってしまった。
おいおい、ドリフターズではないのだぞ。お前は『全員集合』なんか観たことないだろ。
笑っている場合ではない。年中さんともなれば、手紙を自分で書く子もいるのだという。
それよりも、妻が絵本を読むと、「何で私は字が読めないの」と涙さえ浮かべる負けず嫌いの舞子に抜かれてしまうではないか。
そこで思いついたのが、”電車クイズ”だ。
街で線路に気がつくと、電車が来るまで動かない。踏み切りで警報機が鳴ると大喜び。頭の中にいつも電車が走っている良将は、電車と聞けば必死で問題を読んでくれるに違いない。
きょう、しごとでおびひろにいきます。なにせんが、はしっているでしょうか。
1・そうやほんせん。2・ねむろほんせん。3・はこだてほんせん。
毎朝、僕が用意した問題を一生懸命に読み、電車図鑑を引っぱり出して大人でもちょっと分らない問題に答える。平仮名がうまく書けないので解答欄には”ねむ、む、むろほんせん”と”む”の字が並んだりもする。
色鉛筆を使わないのは、手紙らしさへの彼のこだわり。でも、小さく二両編成の電車を描くのだけは我慢できなかったようだ。家の近くを走る東急線の旧式車両が転用された上田電鉄は、上田と別所温泉を結ぶ地方鉄道。彼の一番のお気に入りなのだ。
クイズを楽しむお兄ちゃんの姿を見た舞子にもクイズをせがまれた。舞子の好きなバレエに関するクイズ作りは難しい。
バレエのときに、はくのはなんでしょうか。
1・トウシューズ。2・ぞうり。3・げた。
バレエクイズは一週間でネタが尽きた。
深夜、帰宅した僕が問題を作っていると、妻が横から覗き込む。誉められると思ったら怒られた。
字が汚い。子供のお手本になる字が書けない僕の手紙は下書き扱い。妻が清書することに決まった。
子供らの手紙の横にもう一通の手紙。妻からの感謝と応援メッセージは嬉しいけれど、お誕生日プレゼントはこれだけなの。
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