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週刊新潮 二月五日号
「石原良純の楽屋の窓 」
284回
冬の陽溜り

 十円安い大根を求めて、隣町のスーパーまで自転車で激走する団地主婦。しかしその実体は、警視総監まで昇りつめ、結婚を機に惜しまれつつ退職した超エリート警察官、橘朝子。
 彼女は、家族で熱海へ温泉旅行に出かけるために、難事件の捜査に協力する。
『奥さまは魔女』ならぬ金曜プレステージ『奥様は警視総監』(フジテレビ)も、シリーズ四作目をむかえた。
 サマンサが、かたせ梨乃さん、夫のダーリン役が僕。でも、このダーリンは家族想いで一生懸命働くが、どうにもカラ廻り。いつも家族に迷惑ばかりかけている。
 元気、勝気、勇気の二男一女と共に賑やかに橘一家が暮らす二DKの団地は、西東京市のロケセット。
 ところが、その建物が耐震基準に抵触し、使用禁止となってしまった。一家は、視聴者に気づかれぬように、さいたま市に引っ越したわけだ。
 狭い団地の一室に、ロケ隊全員が入れるはずもない。VTRや音声機材などの心臓部は、ロケ現場の窓から空中をケーブルで繋いだ隣室に設けられる。
 演者、そして監督、カメラマン、照明さん、音声さん……。現場は、人と機材でごった返す。芝居の動きが決まったなら、画面に入らない机やテレビなどの装飾品を室外へ運びださないと、カメラもセットできやしない。
 押し入れの中にスッポリはまり、前屈姿勢でファインダーを覗き込むカメラマン。マイクの竿が画面に入らぬように目一杯、つま先立ちする音声助手。カチンコを打った途端、床に突っ伏す助監督。ドラマの画面の周囲には、スタッフの涙ぐましい努力がある。
 現場に入れないスタッフは、冬の日のロケを意外とのんびり楽しんでいたりもする。
 冬の陽射しは思いのほか暖かい。風に晒されさえしなければ、道のアスファルトの照り返しも相俟って、眠気に襲われるほど心地良いものだ。一日移動がないときには、団地の小さな広場に椅子を並べてロケが終るのを待つ。
 僕も少し空き時間ができると、階下へ降りる。紙コップのコーヒー片手に椅子に腰を下ろし、キラキラ輝く冬の太陽に顔を向け、ゆっくりと都会の日焼けを楽しむ。
”地球に降り注ぐ太陽のエネルギーは、一秒間に四八六億kWh”とは、どこかの家電メーカーのキャッチフレーズにあった。
 太陽光のエネルギーを総て活用できれば、一時間分で、全人類一年分の電力をまかなえる。
 中国、ゴビ砂漠の半分にソーラーパネルを敷き詰めれば、世界の電力がまかなえるともいう。
 そんな壮大なプロジェクトを実現するには、技術、労働力、そして何よりも、膨大な資本が必要だ。それには、各国が利害を越えて連携するほかない。
 ところが、オバマ大統領が就任演説の中で環境問題に言及したのは、”太陽光、風力などを自動車や工場に活用していく””地球温暖化問題に取り組んでいきたい”の僅か二行だけ。
 昨年来の厳しい経済状況の下、洞爺湖サミットの頃のような環境問題に対する情熱は、残念ながらもう誰も持ち合わせてはいないようだ。
「これでいいのだろうか」と太陽を見上げ、僕が地球を憂えていると、制服の警察官が一直線にこちらに向って来るのに気がついた。するとウチのマネジャーの平田クンが駆け寄って、ペコペコと頭を下げている。
「どうしたの」と僕は声をかける。
「財布を落としました」と、か細い声。
「誰の」
「良純さんの」
 預けていた僕の財布を落としたって。僕の頭からは、瞬時に”温暖化”の”お”の字も消えていた。

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