週刊新潮 二月十九日号
「石原良純の楽屋の窓
」
286回
ふぁ〜、いい気持ち
リアス式海岸の深い入江、切り立った岩壁を眺める絶景ポイントの鉄橋に差しかかると、列車は観光客のために一旦停止してくれる。
始発駅から終着駅まで、線路は海に沿って走ってはいるが、三陸路の山は険しく、トンネルが多い。舞い散る雪片と岩に砕ける波しぶき、冬の三陸海岸の景色を楽しみにしてきた乗客にとって嬉しいサービスだ。
僕は、列車が停車すると、大きく窓を開く。足元で砕ける波の音、頬を打つ海風、ほのかに漂う潮の香。眼前に広がる海景色を全身で楽しみたいから。
岩を駆け上がる海風に乗って、車内に雪片が吹き込んで来ても、僕ら乗客は、寒くない。なにしろこの列車は、三陸名物『こたつ列車』なのだから。
通路を挟んで左右に六つずつ、ズラリと炬燵が並ぶ車内は、列車というよりも居酒屋のようだ。履物を脱いで座敷に上がり、炬燵に足を突っ込めば凍えた体も足元からポカポカと温まる。
岩手県久慈市から宮古まで走る三陸鉄道北リアス線で、三月一日までの土、日、祝日に、一日一往復運行されているのが、この『こたつ列車』だ。
僕は、街角に何気なく存在する珍しい風景や事物を紹介する『ナニコレ珍百景』(テレビ朝日系・水曜夜)のロケで乗車。
JR八戸線のホームに隣接する三陸鉄道北リアス線のホームに、二両編成の気動車が入線する。車体は、雄々しい三陸の海岸線をイメージした青と水色のツートンカラー。外観は無愛想でも、内部は楽しいお座敷列車に改造されている。
運転室のすぐ後ろ、前部ドアデッキには、ストーブがしつらえてある。そこでこんぶが練り込まれたせんべいが焼かれ、途中で乗客に配られたりもする。
乗客は、列車が動き出す前からお弁当を広げ、ビールを開ける。僕の炬燵の上にも、久慈駅で予約しておいた『海鮮あわび弁当』がある。あわび、ウニ、イクラ、蟹といった三陸の海の幸がこぼれんばかりに載った優れものだ。
ウニとごはんを口に放り込んだら、ビールで流し込む。ウニの塩っぽさ、お米の甘さ、そこにビールの苦味が覆い被さる。ジュワワと一塊になって喉から食道を転げ落ちてゆく。
もちろん、ビールはあくまでセレモニー。海の幸を一つひとつ楽しむのならば、やっぱり地酒を飲まなくては。ワンカップ酒の大きなプルトップを、一滴も零さぬように、大事に大事に開ける作業に、自然と笑みが零れてしまう。
お腹も一段落した頃、列車が長いトンネルに入ると現われるのが、『なもみ』。鬼の装束をまとい大きな包丁を手に「悪いわらしはいねがー」と大声で練り歩く。
秋田では『なまはげ』、このあたりでは『なもみ』。
怠けて囲炉裏にあたり脛が赤くなる状態を方言で『なもみ』というのだとか。
おばさん連中は、『なもみ』の腕を掴んで記念写真を撮って大喜びしているが、小さな子供はビービー泣いていた。
せんべい、柿ピー、さきいか、帆立の貝柱と僕の炬燵の上はおつまみ山盛り。
なかでも僕が気に入ったのは、車内販売のワゴンで見つけた味付けわかめだ。五十センチ×二十センチの大きなわかめを、片端からバリバリと食べていく。わかめは髪の毛にもいいし、カロリーも低いし、お腹の中で膨らむから腹もちもいい。おみやげに五枚ゲットした。
炬燵に温まり、盃を傾け、景色を眺める一時間半の旅はあっという間に終わる。宮古駅で列車を降りる時には、ほど良い千鳥足。寒さも気にならない。
また乗りたいものだが、宮古から東京の家までは、車と新幹線を乗りついで六時間以上。『こたつ列車』には、滅多に乗れるものではない。
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