週刊新潮 三月十二日号
「石原良純の楽屋の窓
」
289回
『凶弾』現わる
事務所に戻ると、僕のデスクの上に映画のDVDが置いてあった。
手に取って、びっくり。パッケージで猟銃を構えているのは、二十歳の僕。目の周りが落ち窪み、目の玉ばかりがギラギラと光る。額には血が滲んでいる。
チェックの赤いシャツと白いベストは、逃亡中に襲った銃砲店から奪ったもの。なにしろ僕は、警察に追い詰められ、観光船を乗っ取ったシージャック犯だった。
僕のデビュー作『凶弾』は、先月末にDVDリリースされ、”映画で見る、実録!昭和の驚愕事件シリーズ”と映画会社から手紙が添えられていた。
今から二十六年前、大学三年生の僕は、突然、映画出演が決まった。右も左も分からぬ僕を、何かと気遣ってくれた写真の古尾谷雅人さんも、山田辰夫さんも、高樹澪さんも、若い若い。
シルエットの船影は、僕が乗っ取った『イル”ド”バカンス』号。上部デッキで猟銃を片手に僕は、警官隊と対峙していた。
若かりし頃の僕の雄姿を女房、子供に見せなければ。僕は早速、DVDを家に持ち帰った。
「これが若い頃のパパ。かわいい」。五歳の長男・良将が笑う。
「舞子と似てるわね」。女房の目には僕と長女の顔とがダブるらしい。「パパ、痩せてるね」。三歳の長女・舞子の御意見はごもっとも。
ファーストカットは、残雪がまだらに残る北アルプスの峰々を眺めながら長野県美ヶ原を歩く僕。そこに『凶弾』とタイトルが載る。
大きく伸びをした僕の「ヤッホー」の「ホー」が小声なのは、新人の初々しさというものだ。今の僕なら、あと〇・五秒は語尾を伸ばす。
DVDを観ると、どの場面、どの場面にも、思い出がいっぱい詰っている。
撮影初日は、少年院の回想シーン。消火ホースの雨を浴びながら、体操着で撮影所の駐車場を走った。
ロケ初日は、信濃境駅前。軽トラックの窓越しに僕は、「待てよ」と初めてのセリフをしゃべった。
小海線の線路際では、二時間の列車待ち。車の背後に列車の姿が見えたところでの一発本番。えらく緊張した。
しかし、なんと言っても一発勝負は、ラストの射殺シーン。日本初の犯人射殺という衝撃的な事件解決をモチーフにしたこの作品の山場だ。上部デッキでライフル弾に撃ち倒される僕は、殺陣師に倒れ方の指導をうけた。
弾着の血袋がはじけると同時に、猟銃を放り投げ、二、三歩後ずさる。両腕で天を掴もうと、今度は前に身を乗り出す。遥か天空を見据えてから、ゆっくりと崩れ落ちる。そんなリハーサルを何度も繰り返した。
スタッフと共演者、大勢のエキストラや取材陣に見守られ、いよいよ本番。人体弾着の火薬と血袋を晒しで巻かれた僕は、船長役の若山富三郎さんと共にデッキに立つ。若山さんを突き飛ばしたところで撃たれる手筈だった。
拡声器から、監督の怒鳴り声。「用意、スタート」。若山さんを押し退けた次の瞬間、”バン”と銃声が鳴り響いた。
ドスンと衝撃を受けた僕は、一瞬で崩れ落ちた。「人は撃たれると、あっけなく倒れるものだ」倒れてゆくほんの僅かな時間に、僕はそんな当たり前のことを納得した。
二十余年ぶりに眺めた最期のカット。ハイスピードで倒れてゆく僕は、思っていたより上手に死んでいた。
そしてもう一つ驚いたのがDVDの特典映像。映画館で上映された特報には、裕次郎叔父から僕へ、映画デビューへのお祝いメッセージが記されていた。
「君の武器は二十歳の若さとファイトだ。全力投球で青春の一頁をかざれ」
あれから二十六年。僕はまだ青春です。
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